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「っ、なにしやがる!」

思いもかけない暴挙で、一気に臨界点へと到達した怒りのまま背後を振り返る。

だが、見上げた男の纏う空気の不穏さに、喜怒哀楽の激しい仁志の感情が霞んでしまう。

「それはこっちのセリフだ」
「は、はぁ?」
「綾瀬のいる高等部に移れて浮かれていたのか? 一年ぶりの再会となれば周囲のことなど目に入らないか? 誰が迷惑を被ったかなどお前には関係ないんだろうな」

次々と浴びせられる言葉は、まったく意味が分からない。

それでも穂積が尋常でないほど気を昂ぶらせているのは察せられて、倒れ込んだままの仁志は思わず後退った。

穂積はくっと口角を釣り上げる。

電気のついていない更衣室は薄暗いのに、天井付近の明かり取りから差し込む日差しが、その魔王染みた表情を照らし出す。

室内温度はみるみる下がり、今や極寒のそれだ。

ぞくりっと全身が泡立った次のとき、身を屈めた穂積は仁志の上へと馬乗りになるや、その襟元を飾るネクタイを引き抜いた。

驚いている隙に両腕を取られ、ネクタイで手首を後ろ手に縛られる。

「な、てめぇこら!」
「調子に乗った後輩を諌めるのも、先輩の仕事だからな。恨むなら三十分前の自分を恨め」
「ワケわかんねぇこと言って……って、ぬぉ!」

真新しい高等部のブレザーの下に、大きな掌が差しこまれて悲鳴を上げた。

薄いワイシャツ越しに触れる他人の熱に、ぞわわっと背筋に悪寒が走る。

「お、おい! てめぇまさか――」
「まさか……なんだと思う?」

耳元でひっそりと囁かれた低音に、喉が詰まった。

身を強張らせ文句すら言えない仁志の鼓膜を、穂積の嘲笑が揺らす。

「綾瀬に惚れる前はお前だって遊んでいたんだろう? 今さら聞かなくても分かるはずだ」

違う、と言えればどんなによかっただろうか。

学院の風習にどっぷりと使った仁志に、この先の行為を想像することはあまりに容易くて愕然とする。

何しろ相手は穂積だ。

顔を合わせれば口喧嘩のようなやり取りばかりだったが、決して仲は悪くないしそれなりに良好な関係を築けていると信じていた相手だ。

彼が特別な理由もなくこんな真似をするとは思えない。

となると、やはり自分が彼の悋気に触れることをしたのだろう。

一体なにを?

仁志の思考を中断させたのは、臍の辺りを探っていた穂積の指先が胸元へと這い上がったためだ。

筋肉の乗った胸板の頂きを指の腹が丹念に擦り上げる。

くすぐったい感覚で済んでほっとしたのも束の間、切り揃えられた爪が微妙な力加減で往復を始めたのだ。

擦り上げ、撫で下ろし、強めに擦り上げては優しく撫で下ろす。

まるで仁志の奥底に眠る感覚を誘き出そうとするようだ。




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