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会長に就任した生徒は、学院内のある一定区域を自己負担で自由に使用することが認められており、先代の生徒会長は秘密の花園という謎の施設を作ったと耳にしたことがある。
広大な敷地と財力豊かな子息の多い碌鳴学院ならではだ。
「なんだ、その会長領というのは」
「中等部での呼び方ですよ。生徒会長の領地みたいなもんだから、通称・会長領」
誰が言い出したのか知らないが、上手い表現である。
仁志は興味を惹かれて訊ねた。
「会長は何を作ったんですか? つか、もう出来てたりします?」
「弓道場だ。碌鳴には部がないから欲しくてな。先日、竣工した」
「へぇ、在任中に使う機会があればいいな。高等部の会長職って忙しいんだろ?」
仁志は中等部時代に生徒会長を務めていた。
正直なところ面倒極まりなかったが、綾瀬にいいところを見せたくて穂積から引き継いでしまったのである。
お陰で、中学時代は思ったよりも遊べずに終わってしまった。
高等部では生徒会自体に入るつもりはないので、心置きなく穂積に嫌味をぶつける。
だが、反撃が返されると思った仁志の予想は外れた。
「ちょうど今から使うつもりだ。お前も来るか?」
「は? いいのかよ。俺、生徒会役員ですらねぇけど」
「入学祝代わりだ。ついて来い」
まさかの提案に戸惑うも、さっさと歩きだされては追い掛けぬわけにはいかない。
そもそも仁志は迷子なのだ。
せっかく知り合いと会えたのだから、これを逃がす手はなかった。
ほどなくして到着したのは、新築の匂いがする立派な佇まいの弓道場である。
鍵を開けて入る穂積に続き、仁志も靴を脱いで上がった。
廊下を通って射場に出れば、広々とした空間が壮観だ。
「いいな、ここ。けど一人でこの広さって虚しくねぇ?」
「集中できる環境を整えただけだ。久しぶりに一立するか? 見てやる」
「弓ねぇよ」
「昔使っていたものが更衣室にあるから、それを使えばいい。お前の身長にも合うはずだ」
「嫌味かてめぇ……」
絶賛成長期ではあるものの、未だに仁志の身長は穂積に追いつかない。
常に綾瀬の傍にいる彼に対抗心を燃やす仁志にとっては、身長の話題も当然気にかかる点の一つなのだ。
それでも穂積の誘いには心惹かれるものがある。
弓道は齧ったことがある程度だが、貸してもらえると言うのなら断る理由などなかった。
「更衣室ならそっちの廊下を出てすぐの扉だ」
久しぶりに再会した穂積は、以前よりも丸くなったように思える。
穂積専用の弓道場のように、自分のプライベートな空間へ他人を招き入れるなど中等部時代では考えられなかった。
それとも今日は、特別機嫌がよかったのだろうか。
そんなことを考えながら、仁志は更衣室の扉を開けた。
瞬間、どんっと背中を突き飛ばされて部屋の中へと転がり込んだ。
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