会長職が多忙を極めることは理解していた。

中等部の生徒会長を経験していたし、前任の佐倉 頼が仕事に追われている姿も間近で見ていた。

だが、これほどまでとは思いもしなかった。

昨年末に碌鳴学院生徒会長の任を引き継いだ穂積 真昼は、数枚の書類に目を通しながら足早に桜の咲き誇る並木道を進んでいた。

薄ピンクの花がたわわとなった桜の木々は、春特有の幻想的な空間を作り出し、生ぬるい気温と合わさって人々を別世界へと誘うようだ。

どこまでも続く甘い色彩のトンネルに、舞い落ちる花弁。

二日後に迫った入学式では、新入生の心を期待で満たしてくれるに違いない。

しかしながら、その入学式に関する書類に不備を発見した穂積には、美しい桜に目を遊ばせる余裕など欠片もなかった。

先代たちの手を離れた一月以降の行事を、さしたる問題もなくこなしたせいで油断していた。

会長方が作成した書類の些細なミスを見逃したのは、穂積の落ち度である。

普段ならばメールか書記の逸見 要に任せるところを、自分で会長方に突き返しに行くことに決めたのは、彼らのたるんだ意識を引き締めると同時に、自分の責任を再認識するためでもあった。

目指す委員会棟は碌鳴館から離れている。

急ぎ足で歩いていた穂積は、突然の怒声にぎょっとした。

「てめぇ待てこら!」
「ひっ……!」

良家の子息ばかりが集まる学院には、まるで相応しくない乱暴な言葉遣い。

心当たりを思い浮かべるより早く、穂積の横合いから二つの人影が飛びだした。

桜の木の合間から煉瓦道に転がり出た一人目は、見知らぬ生徒。

それを追って現われた金髪頭には覚えがある。

冷静に騒ぎを仲裁しようとした穂積は、しかし金髪頭から必死に逃げる一人目の体当たりを食らって喉を詰まらせた。

「っ!」

衝撃から手にしていた書類が宙を舞う。

薄ピンクの花びらに混じって地面にばらまかれたそれらを、慌てて拾おうとしたときにはすでに遅く、仁志 秋吉の革靴がぐしゃりと書類を踏みにじった。

「逃げても無駄だって言ってんだろ!」
「す、すみませんすみません、許して下さい!」
「ぶっ殺す!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる彼らは、穂積の存在など目に入っていないのか、そのまま桜並木を駆け抜けて行った。

後に残されたのは、ぐちゃぐちゃに踏まれた不備書類と立ち尽くす生徒会長――否、果てのない怒りにうっすらと微笑を浮かべる魔王様であった。




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