否定の言葉を返すのは簡単で、間垣の抱える想いを指摘することも出来た。

だが、木崎は沈黙を守り、凶暴な視線を受け止めた。

言葉も感情も、すべて、受け止め続けた。

「俺は貴方が自分の体を乱雑に扱うのが許せないんです。分かりますか? 貴方がそれをするたびに、俺は貴方を縛る存在を意識する羽目になるんです」

助手席のヘッドレストを掴み迫る間垣の顔が険しさを増す。

二度と崩れぬ木崎の平静に混乱と怒りを助長されたのだろう。

内側に蓄積された激情を爆発させた。

「貴方にとってドラッグ調査ってそんなに大切ですか? 自分の体を簡単に差し出せるくらい、大切なものなんですか? まだ!?」

痛い。

間垣の吐き捨てた言葉が突き刺さる。

過去を突きつけられる度に、木崎の胸中は苦く重い感情で満たされて行く。

間垣にそれを言わせてしまったことで、一層己の過ちを思い知らされるようだ。

同時に、それだけの想いを己に捧げる男へ甘美な衝動が込み上げた。

間垣はあの時から少しも衰えぬ激情を抱いている。

この十数年間、ずっと、己だけに。

相反する想いは眩暈がするほどの息苦しさと激痛を木崎にもたらした。

それでもまだ、間垣は止まらない。

「俺が認めたのはあの子だけです。フミさんの心を支配するのは、もうあの子だけでいい。ドラッグなんかに貴方が縛られるのは我慢ならない……!」

犬は胸の内に独占欲を抱えている。

語ったのは間垣だと言うのに、彼は同じ口で木崎の心の在り処がただ一人にあることを許した。

逆を返せば、その者以外に心を与えることは認めないということである。

木崎の心はあの子――千影のものだ。

千影だけが今の木崎の心を支配している。

他のものを入り込ませる隙間などないくらい。

それを、忠犬は望んでいるのだ。

「くだらないものに囚われる貴方は自分を雑に使うから、そんな姿を見るのは二度とごめんです」

荒れた心を叫びつくした男は、それでも木崎から片時も視線を外さずにいた。

まるで監視をしていなければ、木崎が「くだらない」ものを追いかけて消えてしまうとでもいうように。

「フミさん、ねぇフミさん」
「……」
「返事して下さい。康介って呼んで下さい」
「康介」
「俺なんかの言葉に従わないで下さい」
「殴るぞ」
「いいですよ、殴って下さい。殴って分からせて下さい、俺は貴方の犬なんだって。貴方は俺の首輪を外してはいないんだって」

冗談の空気など僅かにも感じさせない真剣な声と共に、間垣は砕けそうな笑顔を作った。




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