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「フミさんって調査に「自分」を使うことを躊躇いませんよね。キスもセックスも情報を得るための手段だとしか思ってない」
「……昔の話だろ」
「へぇ、つい一週間前の出来ごとが貴方にとってはもう昔ですか」
「そっちじゃない」
「同じです」
否定のセリフを間髪入れずに打ち捨てられて、木崎は顔を顰めた。
確かに間垣の言う通り、あのキスは調査に自分の体を使ったことになる。
だが、それをどうして咎められねばならない。
木崎は自ら進んで体を使ったわけではなく、追い詰められて致し方がなくその手段を行使したのだ。
躊躇いもなく、なんて冗談ではない。
あのとき木崎の思考の中心にあったのは誰なのか。
考えもせず糾弾する間垣は、まるで十数年前の出来ごとを語るようだ。
木崎は喉を詰まらせた。
ようやく理解したのである。
己の忠犬の心が何を見ているのかを。
理不尽な怒り対する反発心が、途端に冷却する。
完全に凪いでしまった木崎とは逆に、間垣の焦燥は加速度的に強くなって行った。
「フミさん、俺は貴方の忠犬でいたいって言いましたよね? 首輪を外すような真似はしないでくれって、そう頼みましたよね? 貴方のいう「たかがキス一つ」で、俺はおかしくなりそうだっ」
苛立たしげに捲し立てる男は、回答など求めていない。
木崎を見るのをあえて避け、じっとコンクリート壁を睨みつけながら暗い感情を連ねて行く。
「首輪を外した忠犬はただの狂犬なんですよ。狂った犬がなにをするのか、貴方知ってます?」
身の内に押し込めていた獰猛な本音を露わにしながら、間垣は凶暴性を増して行く。
狭い車内は、今や牙を剥く狂犬を閉じ込めた檻のようだ。
どんな惨劇が繰り広げられても、不思議ではない。
それでも木崎の胸は規則的な拍動を刻み、僅かにも乱れることはなかった。
静かに疑問符に応える。
「殴るか」
「……それで済めばいい」
「じゃあ犯すか」
「ふざけんなっ!」
バンッと間垣の掌が助手席の窓硝子を叩いた。
眼前を横切った逞しい腕にも、やはり木崎は身動ぎ一つせず表情を変えることもない。
その平静を嫌悪するように、間垣はきつく眉根を寄せて瞳を研ぎ澄ませる。
憎悪とも呼べる怒りで研かれた端整な面は、ひどく冷酷で残虐に見えた。
「俺が想いも温度もないキスでキレてると思ってるんですか? そんな馬鹿なことで嫉妬してるとでも?」
至近距離から注がれる眼差しが眼窩を刺し貫く。
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