木崎は自らの勘の鋭さを内心だけで称賛した。

電話を受けたときに感じた胸騒ぎは、杞憂などではなかった。

「……お前」
「ねぇ、フミさん。待ち合わせの約束は守れるのに、どうしてもう一つの約束は守ってくれないんですか。昔、約束しましよね? ちょっと前にもお願いしていますよね?」

一瞬たりとも視線を合わせぬまま、間垣は運転を続ける。

真意の読めぬ横顔をじっと見つめていると、ガクンッと軽い振動が車体に走り、一気に辺りが暗くなった。

日が沈むにはまだ早い時刻だし、何より突然夜が訪れるものか。

コンクリート壁が続く広い空間に、どこかの地下駐車場に入ったのだと即座に分かった。

利用者は少なく、停まっている車両は数えるほどだ。

出入り口から最も遠い壁際のスペースに頭から入ると、間垣は静かにエンジンを切った。

鈍い蛍光灯の光りは届かず、車内は薄暗い。

フロントガラスの向こうは無機質なグレーの壁だと言うのに、運転席の男はまだ正面を向いたままだ。

ハンドルに両腕を乗せ、静かな調子で言う。

「報告書を受け取りに行ったとき、俺その場で中身を確認したでしょう? いつもならICレコーダーも入ってるのに、今回はなかったから変だと思ったんですよ。フミさんが煙草買いに行ってる間に、レコーダーの中を確認させてもらいました」

木崎が調査で手に入れた証拠は、実際の捜査では何の効力も持たない。

あくまでもマトリや警察が捜査に入る足掛かりに過ぎず、音声データを提出しなくとも何ら問題はない。

潜入中は常にレコーダーのスイッチを入れているため、女とのやり取りも当然録音されている。

間垣に渡さなかったのは、こういう事態を懸念してのことだったのだが。

本末転倒だ。

木崎は大きく嘆息を吐くと、傍らから視線を外して再び全身の力を抜いた。

疲れ切った風情でシートに身を預ける。

「データ、削除しとけばよかったな」
「いつもと違うことをすれば、やっぱり俺は不審に思いましたよ」

淡々とした音色には、密やかな獰猛さが感じられる。

危ういその低音に気付きながらも、木崎の警戒心が復活することはなかった。

間垣よりもずっと平板な調子で言う。

「それで?」
「俺が聞いているんです。どうして約束を破ったのかって」
「……あの場合、あぁするしかないだろ。下手に突っぱねた方が怪しまれる」
「そうですね、フミさんの言う通りです。でも約束を破ったことには変わらない」
「たかがキス一つで約束を反故にしたと思われても困る」
「たかが、ですか。フミさんの体は随分と安いんですね」

感情の薄い無表情を貫けば、間垣は皮肉げに返す。

暗い笑いが男の口端に浮かんだ。




- 24 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -