その翌週に、調査は無事に終了した。

調査報告書と証拠写真を事務所に来た間垣に渡し、次の依頼の下準備に移った。

情報収集をメインとした比較的ゆるやかなスケジュールを過ごしていた木崎は、些細なハプニングのことなど思い出すこともなかった。

そうして数日が経過したある日のことである。

いつもと同じくたびれたスーツ姿で大通りを歩いていた木崎は、自動車の流れから滑らかに抜け出し歩道側へ寄って来る一台に気付いた。

そのまま相手を確認することもなくドアに手をかけ助手席に乗り込む。

間を置かずに再発進をしたセダンの運転席には、馴染みの顔があった。

「時間通りですね、フミさん」
「呼びだしたのは誰だ」
「嬉しいだけですから、突っかからないで下さいよ」

間垣 康介は端整な面に愛嬌のある笑みを浮かべた。

昨夜、元同僚からかかってきた一本の電話。

具体的な用件を告げることなく、時刻と待ち合わせ場所だけを指定されて、木崎は胸騒ぎを覚えた。

先日終了した調査はすでにマトリの方でも片がついたと聞いていたし、新しい依頼はまだ初期調査の段階で特段報告することもない。

呼びだされる理由が読めず、心臓が不気味な鼓動を立てたのだ。

何かがあるのではないか、と。

「フミさんが約束を守ってくれてよかった。突然誘ったから、すっぽかされても文句は言えないなって思っていたんです」
「そんなことするか。すっぽかすくらいなら電話の時点で断ってる」

だが、こうして言葉を交わす男は平時と変わりない様子で、こちらの杞憂だったのかと内心だけで安堵する。

木崎は緊張を緩めると、シートに深く身を沈めた。

「で、何の用だ。こっちにはまだ報告できるような情報はないぞ。新しいネタでも入ったのか?」

本題を促すと、間垣は少しだけ楽しそうに喉を震わせた。

「違いますよ。フミさんとドライブしたいなーって、思っただけで。昨日もそう言ったでしょう」
「それが本当なら今すぐ降りるぞ」
「待って下さい! ちょっとくらいお願い聞いてくれたっていいじゃないですか!」
「時は金なりって知ってるか? 無駄な時間過ごせるほど暇じゃないんだよ。お前だって同じだろ?」

優秀な麻薬取締官である間垣は、常に仕事に追われている。

複数の事件を掛け持ちすることも珍しくなく、木崎よりもよほど時間を無駄に出来ない身のはずだ。

相手の言い分をそのまま受け取ることなど、出来るわけがなかった。

探る瞳で流し見た先では、微笑を崩さぬ間垣がフロントガラスの先に視線を固定していた。

ゆっくりと紡がれた言葉に、緩めた警戒心が最大値まで跳ね上がる。

「フミさん知ってます? 犬って面倒なんですよ。顔は忠実な僕のそれなのに、心の中では独占欲の嵐。主人の心が他のものに囚われると牙を剥いて困らせるんです」

それはどこかで耳にした言い回しだった。

極最近耳にして、自らも真似て使った言い回しだ。

過去に流しかけたあの夜が、瞬く間に脳裏で蘇る。




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