「カードキー借りたんだよ」
「は?」
「借りたって、誰にですか?」
「小夜さん」

与えられた回答に、穂積も千影も絶句した。

穂積の母親の名前が出て来るとは、夢にも思わなかったのだ。

「歌音ちゃんたちが来日するって聞いて、プチ同窓会を開こうと思ったんだけど、最近キミたち忙しいでしょう? 時期が悪いからどうしようかなぁ、って小夜さんに相談したら、待ち伏せしたらいいって言ってカード貸してくれたんだ」
「余計なことをっ……」
「で、ついでだから千影くんの作るお夜食食べたいなぁって。それでしゃもじを用意してみました!」

「どうですか、この出来栄え!」と目を輝かせる綾瀬に、一度は収まったはずの怒りがふつふつと蘇る。

同窓会を開くことに反対するつもりはない。

仕事のある歌音たちの滞在期間を考慮すれば、集まれるタイミングが限定されるのも理解できる。

しかしながら、千影との蜜事を邪魔され、千影の関心を奪われた男が、どうして元凶を憎まずにいられるだろう。

仁志の制止を振り切ってでも一発、と再び掌を握り込んだとき。

「いいですよ」
「千、影?」
「材料には余裕があったはずですし、皆さんの分も作りますね。少し時間がかかってしまいますけど、平気ですか?」

平然と受け入れた恋人に、穂積は混乱した。

先ほどから千影との間に明確な温度差を感じる。

どうにかして二人の世界に戻りたい穂積とは対照的に、千影はまるで綾瀬たちを留めたいかのようだ。

彼が友人との関係を大切にしているのは承知している。

これまで他人と浅い交流しかして来なかった千影が、碌鳴学院で築いた絆を重要視するのは当然だ。

しかしながら、もっとも深い絆で繋がっているはずの恋人ではなく、友人たちとの語らいを優先する心理は納得がいかない。

穂積とて平時ならばこれほど不満には思わなかった。

過密スケジュールのせいで一カ月の禁欲生活を過ごしていなければ、綾瀬たちの突撃訪問にもポーズだけの不機嫌で内心楽しんでいただろう。

今すぐにでも寝室に引き込んで、思うがままに千影を感じたい。

甘い悲鳴を、濡れた眼を、乱れた髪を。

出口を失った熱情は、穂積の脳内を不健全な妄想で占拠する。

それが酷く情けなくて悲しい。

和気あいあいといった様子でリビングへ入って行く面々を視界に映しながら、穂積は小さく吐き捨てた。

「いじめにも限度があるだろう、ゴミ虫……」

魔王らしくもない気落ちしたセリフは、最後の一言に込められた愛おしさで愚痴にすらならない。

所詮、惚れた方の負けなのだ。


fin.




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