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ふわふわと柔らかいオレンジの髪と、天使の如く整った面。
透明感のある端整な容姿の歌音・シモーネは、別れたときから少しだけ高くなった位置にある碧眼を和らげた。
「お帰りなさい、二人共。こんな時間に許可もなくお邪魔してごめんね」
常識的な歌音は、ぺこりと頭を下げて謝罪する。
それに従って小さく目礼したのは、逸見 要だ。
元から外見年齢の高かった男に特別な変化は見当たらないが、落ちついた風情は以前とは比べ物にならない。
フルリムの眼鏡の奥から、さっと千影の全身に目を配った逸見は、続いて穂積に視線を据えた。
目が合うや、相手は手で口元を覆う。
中等部からの付き合いだ。
あれは笑いを堪えているときの仕草だと気付いて、苦い気持ちになった。
「タイミングが悪かったか」
呟かれた一言は、逸見がすべてを見抜いた証拠だった。
穂積は一日の疲労が怒涛の勢いで押し寄せて来るのを感じた。
綾瀬と仁志だけならば、適当な理由をつけて追い出せるが、歌音たちも一緒ならばそうはいかない。
卒業後、日本を離れた彼らと会う機会は滅多になくて、再会したのは一年ぶり。
これで彼らを邪魔者扱い出来るほど、穂積は薄情ではなかった。
なんだってこんなことになったのか。
本当なら今頃は、千影との甘く濃密な時間を堪能していたはず。
久々に彼の肌を味わえると思った矢先に、巨大しゃもじなんて惨過ぎる。
同窓会のような現状を理解できなくて、穂積は地を這うほどに重い嘆息をついた。
だが、もっとも穂積を打ちのめしたのは、不法侵入をしていた旧友たちではなく、笑顔を絶やさぬ千影の存在だった。
「お二人とも来日していたんですね」
「うん、昼に着いたんだ。仕事の関係で来たから、今日くらいしか時間が取れなくて」
元生徒会メンバーと楽しそうに言葉を交わす千影からは、穂積と二人きりで過ごす時間が減ったことを惜しむ気配は微塵も感じられない。
それどころか、綾瀬たちの来訪を歓迎している。
穂積は身の内に燻ぶる熱を持て余していると言うのに、欲の欠片も見えないのが不愉快だった。
「……それで、何の用だ」
硬い声で綾瀬に問うと、彼はきょとんっと小首を傾げた。
「あれ、穂積知らない? 突撃お宅のなんちゃらっていう番組。過去の名作」
「名作かどうかは知らないが、番組名は知っている。問題は、なんでお前がしゃもじを持って俺たちの部屋で待ち伏せていたかという点だ。大体、ロックはどうした」
そもそもの疑問に行きついて、穂積は眉間にしわを作った。
今回は幼馴染だったからよかったが、外敵に侵入される可能性があるなら大問題だ。
警備面が保障されないのなら、即刻このマンションは退き払わねばならない。
そんな穂積の懸念を綾瀬はさらりと吹き飛ばした。
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