◇
「久しぶり、穂積に千影くん! 元気にしてた?」
悪びれなくにこにこと笑顔を浮かべるのは、女性と見紛うほどに中性的な美貌を誇る幼馴染。
顎のラインで切り揃えた甘栗色の髪を揺らしながら、綾瀬 滸は千影の手を取りぶんぶんと握手をした。
「お、ひさしぶりです……」
「綾瀬、お前ここで何してる」
「え? なにってコレみたら分かるでしょう。突撃!お宅の深夜ごはん!! です」
「そうか分かった殴らせろ」
あっさりと返した綾瀬に、本気で怒りが湧く。
当然だろう。
すわ侵入者かとクールダウンさせられた挙句、意味不明の企画を主張されたら、誰だってこうなるはずだ。
いや、エレベーターの中での盛り上がりを思えば、拳一つでは到底足りない。
だが、穂積の振り上げた右腕は、骨ばった手によって止められた。
「ちょっと待てコラ! てめぇ今、本気で滸さんのこと殴ろうとしたろ!」
「仁志!」
愕然としたのは、幼馴染のみならず後輩までが自宅に不法侵入していたから、ではない。
驚きの中に紛れもない喜びを見せて、金髪頭の名を呼んだ千影のせいだ。
仁志 秋吉は穂積の手を掴んだまま、友人に笑顔を向けた。
「おう、久しぶりだな。おっさんがたまには顔見せろって言ってたぞ」
「武文が? 最近会いに行けてないからなぁ」
「どうせどっかのバカ社長のせいで、帰れてねぇだけだろ」
穂積は素早く手首を返して仁志の拘束から逃れると、ぎょっとする相手の額に渾身のデコピンを放った。
「だっ! なにしやがるてめぇ!」
「黙れチンピラ。人様の家に勝手に上がり込むとはいい度胸だな」
真っ赤になった額を押さえて吼える後輩を、研ぎ澄ませた眼光で迎え撃つ。
めくるめく夜を邪魔された上、千影に嬉々として名前を呼ばれたのだ。
今の穂積にとって、仁志は万死に値する。
「潰すぞ」
魔王を彷彿とさせる凄まじい気迫を醸し出しながら恫喝した。
「……お、おい千影。なんでこんなにキレてんだよ」
「ノーコメント」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃねぇし。助けろよ、俺マジで売り飛ばされる」
「仁志のことなんて売るわけないだろ。会長はそこまで狭量じゃない」
「……」
「……」
仁志に対しても穂積に対しても、非常に微妙な言い回しに沈黙が訪れる。
空気が読めないのか、読まないのか、未だに判然としない綾瀬だけが笑顔で背後を振り返った。
「穂積たち帰って来たよー!」
「え?」
千影の疑問符に応じるように奥から現われたのは、またしてもよく知った二人だ。
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