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果たしていつの間にエレベーターは停止していたのだろう。
階数に注意していたはずなのだが、すでに目的地に到着した箱は扉を開けて二人が降りるのを待っている。
穂積は啄むようなキスをしてから身を離すと、僅かに呼吸を乱す少年の背を押してエレベーターを降りた。
最上階にあるのは、穂積たちの住む一部屋だけだ。
エレベーターを降りればそこは玄関ホールになっている。
大理石の床を輝かせる煌々とした照明に違和感を持ったのは、もしかすれば千影の方が早かったかもしれない。
「会長、待って」
けぶるような色気はどこに行ったのか。
直前までの出来ごとなどなかった顔で、千影は制止をかけた。
それを残念に思いながらも、穂積もまた警戒の表情で頷いた。
このマンションの照明はオートだ。
リモコンを使っての操作も可能だが、基本的にはセンサーが人を感知して点灯する。
しかしながら、センサーの性能ゆえか照明が点くまでに数秒のタイムラグが発生してしまう。
普段はエレベーターを降りて数歩の間、足元の間接照明しか明かりはなかった。
それなのに今日はどうだ。
玄関は最初から光りに満ちていた。
つまり、穂積たちが帰宅する少し前に、誰かがこの部屋に入ったということ。
穂積がここに住んでいると知っている人間は限られているし、何よりエレベーターを動かすICカードを持っているのは、自分の他には共に暮らす千影以外にいない。
誰かが何らかの手段を使って部屋に侵入したと考えるのは、その立場から幾度となく身を狙われて来た穂積には当然だった。
「行きます」
千影は手早く着衣の乱れを直すや、穂積を待たずに走り出した。
音のない俊敏な動きで、突き当たりの扉に到達する。
繋がる先はリビングだ。
待て、と言いたいのに声を出すことは憚られて、穂積は出来る限り足音を殺し追いかける。
年月が経とうと、千影が無茶をするのは変わらない。
穂積が来る前に、千影は一気に扉を蹴り開けた。
次の瞬間。
「突撃!お宅の深夜ごはんっ!!」
巨大なしゃもじがリビングから飛び出した。
なんだ、どういうことだ。
どこかで聞いたことのある番組名に、二人揃って呆気に取られる。
目を点にした穂積は、時間にそぐわぬ陽気極まりない声の主を正面に捉え、拳を固めた。
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