◇
これには驚かされた。
挫けかけた熱情を再燃させて余りあるほどの威力だ。
恋心に免疫のない千影は、穂積が彼に語る睦言の半分ほども返してくれない。
恥ずかしがる千影を見るのも楽しいが、好意を示されるのとは比べるべくもない。
穂積は千影が好きなのだから。
千影の体を抱き締め直して、穂積はもう一度促した。
「なら言えるな。「俺」を呼べるだろう」
「あ……」
短い音が、桜色の唇から零れた。
ようやく気付いた青年は、戸惑いも露わに目を伏せる。
細かに震える長い睫毛、上気した頬、躊躇いがちに動く舌が僅かに覗く。
恋人の悩ましい反応に、穂積の背筋を情動が駆け上った。
まずい。
今、千影に正解を告げられたら、自制しきれるか分からない。
理性はある方だと自負しているが、誰に邪魔されるでもない空間で、媚態と言っても差し支えない姿を見せられては我慢できようか。
穂積の動揺を察した千影は、どう解釈したのか。
慌てた様子でそれを言った。
「真昼」
「っ!」
「真昼、真昼……貴方の、貴方だけの名前は真昼」
重ねた手をぎゅっと握り返して、何度も繰り返す。
千影は必死さを窺わせる瞳を穂積の黒曜石に突き合わせて続けた。
「ごめんなさい、躊躇してしまって。でも、真昼って呼ぶと変な気持ちになるんです」
「……変?」
「そわそわして、落ちつかなくなって、貴方から逃げ出したくなるのに傍にいたくて……好きって、こういう気持ちなのかって実感する」
素直な想いを吐露する想い人に、穂積は喉の奥で呻き声を殺した。
彼の腰を掴む手に、力が籠る。
辛うじて顔色は平静を装えたが、彼の理性もここまでだった。
「こんな年にもなって、気持ち悪いで――……!」
千影の自嘲は、穂積の唇に呑み込まれた。
一番深く交わる場所を探すように、角度を変えながら口づけを繰り返す。
相手が戸惑う内に強引に差し込んだのは、舌だけではなかった。
穂積は己の革靴を千影の爪先の間に捻じ込むと、ぐっと足を進めて開かせる。
条件反射で逃げる腰をすかさず引き寄せ、己の下肢と密着させれば、千影の全身が硬直するのが分かった。
熱を持ち始めたそこを押しつければ、押し返す固さと遭遇する。
唇を触れ合わせたまま、密やかな笑い声を漏らした。
「有意義な休日を実現するために、協力してもらえそうだな」
「傲慢、魔王っ……!」
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