B
一変した態度は気になったが、今は保健室に連れて行くのが先決だ。
大人しくなったのをいいことに、穂積は足を速めた。
目的地のスライド扉には、不在の札が掲げられていた。
こんなときに、と思ったのは二回目。何もかもが、あの日の再現に思えて苦い気分になる。
光を守れなかった、光に守らせてもらえなかった、あの日。
忌々しい想いを蹴散らすように、穂積は保健室の扉を行儀悪く足で開け、無人の室内に踏み入った。
奥にあるベッドに光をそっと下ろして、救急箱を手に脇に置かれた椅子へ腰かける。
「右だな」
「はい。あの……」
「自分でやる、か? 駄目だ。怪我人は大人しく――」
「すみませんでした」
唐突な謝罪に、穂積は靴を脱がせる手を止め、視線を持ち上げた。
光はどこか緊張した面持ちで、じっとこちらを見つめていた。
注がれる眼差しには、罪悪感が見て取れる。
「どう言えば会長の迷惑にならずに済むか分からなくて、嘘をついてしまいました。本当に、すみません」
光は嘘をつくことに敏感だ。
長い間、正体を隠し続けていたのが後ろめたいのだろう。
両想いとなってからこちら、彼に嘘らしい嘘はつかれていない。
特別に約束をしたわけではないが、光が嘘をつかぬよう努めているのは薄々察していた。
「嫌な思いをさせて、ごめんなさい。怒って、いますよね?」
「あぁ、そうだな」
恐る恐る聞かれ、穂積は躊躇なく肯定した。
小さく震えた手の中の足から靴下を抜き取り、露わになったそこへ指を滑らせる。
赤紫に変色している踝の辺りを強く押すと、途端に悲鳴が上がった。
「いっ」
「俺が何に怒っているのか、気付いていないお前に腹が立つ」
「なに言って……っ!」
穂積はすんなりとした足を己の方へと引き寄せた。
重心が後ろに移動したのか、両手をついて身体を支えた光の脚が高く持ち上がる。
白い皮膚、切りそろえられた爪、行儀よく並んだ指。
それらに誘われたかのように、穂積はひたりと足の甲へと口づけた。
なめらかな感触を味わうように唇を滑らせ、痛々しい色彩の箇所を強く吸う。
息を呑むか細い音が、空気に波紋を生んだ。
「あ……」
「痛むか」
「ちが、そうじゃなくて――」
「どれだけ傷を負ったら、お前は俺を頼るんだ」
お前を助ける。
そう言ったのは、もうずいぶんと前のこと。
光が望もうが望むまいが関係ない。
穂積は穂積自身のために、光へ手を差し伸べると告げたのだ。
- 44 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]