「武文?」
『……受け渡しに使われたのは、学院の最寄り駅にある……コインロッカーだ』
「え……」

呼吸が、止まった。

息が詰まり、酸素が肺へと届かない。

心臓だけがドクドクと脈を早め、不自然なスピードで走り出す。

携帯を持つ手が硬直して、自分の立つ場所さえも頭から抜け落ちてしまいそうだった。

『光っ』
「っ!はっ……ぁ、ごめ……ん」

鋭い声が鼓膜を打った途端、どっと流れ込む空気。

滲む脂汗を意識しながら、足早な鼓動を落ちつかせるように、何度も深呼吸を繰り返す。

『大丈夫か?』
「平気……突然だったから驚いただけ。やっぱり小売業者は碌鳴の生徒だったの?」

余計な心配をかけてしまった自身に内心だけで舌打ちをすると、少年は無理やり平静を呼び出した。

『……いや、ただのフリーターだ。だがそいつが売った相手には碌鳴の生徒もいたらしい。俺が捕まえる直前に、生徒とトラぶって殴ったんだと。顔は覚えてないようだから、こっちから捕まえるのは無理だ』

光が無理をしていると見抜いているだろうに、保護者はわざと話を再開させた。

それが何より光のためになると知っているのだ。

木崎の優しさに胸が温かくなる。

同時に、こうも簡単に追い詰められる自分を苦々しく思う。

記憶などありはしないだろうに。

容易く身内を波立たせる自分は、少しの進歩もみられない。

変わらぬ己を自覚して、何とも言えぬもどかしさに満たされる。

光はざわめく心を黙殺すると、仕事だけに目を向けた。

「…分かった、なるべく早く足場固めて探ってみる」

購入者ばかりを捕まえたところで意味はないが、どれが当りクジかは分からない以上、気を抜くことも出来ない。

権力の塊である碌鳴に、インサニティが関係しているのはこれで確実になった。

外側からはどうやっても調査出来ないのならば、内側に送られた自分がやるしかない。

『こっちは引き続き街の方からネタを探す。いいか、くれぐれも無茶はするなよ』

一向に調査を進められない光は、木崎の言葉に自嘲気味な笑みを浮かべた。




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