足踏みの音。




小さなボタンを、細い指が押していく。

一つ一つと、記憶している番号がディスプレイに映る。

日曜の夜、光は自室で夕食を取った後、玄関のドアチェーンをかけるとデスクがあるだけの勉強部屋に入った。

誰と会うこともない日曜でも、いつ何があるか分からないと思えば迂闊に変装を解いてはいられなかったが、入浴後の今、彼の髪は色素の薄い滑らかなそれであった。

携帯電話を耳に当てれば、コール音が鼓膜を揺らす。

三回を過ぎたところで相手に繋がった。

『お疲れ』

挨拶よりも先に、労りの言葉。

光の頬が自然と綻ぶ。

聞き慣れた家族の声は、転入してからずっと聞いていなかったもの。

「そっちこそ、お疲れ様……武文」

少年は唯一信用出来る相手の名前を呼んだ。

潜入時に持ち込む携帯電話は、その都度用意しているまっさらなもので、アドレス帳には一人の名前しか存在しない。

そして、それは木崎ではなかった。

万が一にも調査中に電話を紛失してしまった場合に備え、光の素性が露見するようなデータは入れていない。

木崎に連絡をするのは、何か気になることを見つけた場合や、定期連絡に留め、しかも光からの連絡だけである。

彼の番号は暗記で終わらせ、メモすら取らない。

この通話が終了すれば履歴は削除することになっていた。

『学校生活はどうだ?』
「快適……と言いたいところだけど、難航中。この学校、本当に変なんだよ」
『ははっ。まぁ調査が終わるまでの辛抱だ。悪いが、もう少し頑張ってくれ』
「分かってる、ちょっと愚痴っただけだよ」

応じた保護者の声には、苦笑の中にどこか嬉しそうな色が含まれていて、光が学校という組織を体験している現在に満足しているようだ。

少年は部屋の窓から差し込む月明かりに目を留めて、さっとカーテンを引いた。

途端、電灯のつけていない室内は闇に染まってしまうので、傍にある机上スタンドを点す。

『で、何か分かったのか?』

他愛無い家族の会話を終了させると、木崎は早速本題を切り出す。

光は穏やかな表情を引き締め、この一ヶ月の間に得られた極僅かな情報を伝えた。

「前回の潜入先にいた人間が、学院にいた」
『誰だ?』
「仁志 秋吉っていう同じクラスの生徒だよ。外見はまんま不良で、『アキ』っていう通称で通してた」
『妙だな、何で他県の不良チームに顔出してんだ?』




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