SIDE:穂積

仕事は山積みだった。

生徒会長のデスクには書類がタワーを築き上げ、主の能力を極限まで発揮しても終えるのは夕刻以降であることを訴える。

常人ならば見ただけで回れ右、現実逃避をしてしまいがちな光景だ。

終わるはずがないと、挑む前から白いタオルをリングに投げてしまう。

そんな拷問のような紙面たちを一つ一つしっかりと確認しつつ、また高速で裁決を下している穂積の面には何の感情も見当たらない。

ただ黙々と自分に課せられた役割を果たしている。

校内行事が他の学校よりも遥かに多い碌鳴だが、無意味と言うわけではなかった。

学院に集った子息は皆、将来の日本、いや世界を支える重要な歯車たちだ。

巨大な組織を動かして行く彼らには、この先どのような状況に直面しても、速やかに対処して行く力がどうしても求められる。

問題を前にただ立ち尽くすようなトップなど、不必要。

碌鳴で行われる様々なイベントは、すべて未来に備え彼らの判断力や発想力などを鍛えるために催されているようなもの。

類を見ない特殊過ぎるイベントの数々の中で、生徒たちは個々の力を育てて行く。

そのすべてを任されている生徒会では、今にも雪崩が起きてしまいそうな書類塔など最早日常だ。

今更、喚きたてるようなことではない。

押すべきものには判を押し、見直すべきものは脇にはける。

漆黒の双眸に理知の輝きを宿した穂積に、平時の傲慢ぶりなど忘れてしまいそうだと、綾瀬はアイス珈琲をグラスに注ぎながら思った。

「少し休憩したら?そろそろ集中力切れる時間でしょ」
「……」

コンコンと自分の机を叩かれて、男はようやく手を止めた。

遮光カーテンを引いた背後の大窓を振り返れば、日は大分落ちて来ている。

気が付けば、昼食を取ったのはもう三時間も前のことだった。

応接セットには友人によってお茶の準備が整っていた。

「君が疲れてないって言っても、僕は疲れているんだし少し付き合ってよ」
「いや、一息入れようと思っていたところだから、ちょうどよかった」
「そう?穂積って気遣いに気遣いで返すタイプだよね」
「……だから、それはワザとか」

当人同士、心の中でだけ了承していればいい事項をどうして口に出すのだろう、この男は。

スマートなやり取りをわざわざ壊すなんて、作為的でしか有り得ないはずなのに。

「え、あ……ゴメンつい」
「……」

理解した途端、中性的な美貌をさっと赤くした綾瀬に、穂積は心持長い息をついた。

長い付き合いだが、未だに彼が天然なのか腹黒なのかよく分からない。

話を打ち切るような席を立って、ソファに身を沈めると、綾瀬も対面に腰を下ろした。

「僕らって本当に働き者だと思わない?日曜日まで生徒会でお仕事なんて」
「権力には責任と仕事が同居するもんだ。七夕はどうなってる?」
「70パーセントってとこかな。水曜日までには全部集まるはずだから、問題なし」

次の日曜日に開催される七夕祭りの、ペア申込書提出期限は水曜日。

残り三日でまだ出していない生徒の大半は、目当ての相手を口説いている最中に違いない。

イベントのテーマが彦星織姫伝説だからか、七夕祭りのペアはカップルで申請して来る輩が多い。

ゲームで無事に出会うことが出来れば、その二人は末永く幸せになれるとか言うジンクスは碌鳴の常識である。

男同士で何を不毛な、と思わないこともないが、学院の生徒たちには聖夜祭に続き人気の行事でもあった。




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