「聞こえなかったか?うちの生徒に、何をしているかと聞いているんだ」

鋭い眼光と、長身に圧された男はぐっと言葉に詰まった様子。

落ち着いていながら静かな強制力を宿す声音に、自身との力量を悟ったらしい。

細い一本道を逃げ出した。

「くそっ!」
「待てっ」

すぐさま後を追おうとした逸見だったが、未だ苦悶の悲鳴を上げている足元の存在を思えばそうも行かなかった。

「……おい、大丈夫か」

追跡を諦めると、その場に片膝をついた。

きちんと見れば、生徒の有様に目が細くなった。

相当殴られたのか、真っ赤に腫れた頬や切れた唇が痛々しい。

万が一骨が折れていては問題だと、抱き起こさずに軽く手で確認する。

遅れてやって来た歌音が、生徒の鼻血をハンカチで拭き取ってやった。

「悪い、逃がした」
「今は彼の方を優先させるべきだったもの。君の判断は間違ってないよ」

すまなそうに表情を険しくさせた相手にやんわりと微笑んでみせた歌音は、それから薄っすら目を開けた少年に声をかけた。

「大丈夫?何があったか、話せるかな」
「え……あ、歌音様っ!?それに逸見様までっ……っい」
「動くな。骨折はしていないようだが、内出血があるかもしれない。今、救急車を手配するから大人しく……」
「い、いえっ!そんなお二方にご迷惑はかけられません。ぼ、僕は平気ですから、どうぞお気になさらず」

上半身を慌てて起こすや、まくしたてるように言う少年に、二人の眉が寄る。

どう見たって『平気』だとは思わない。

「そんな怪我で何を言っている、いいから無理をするな」
「ちがっ、あ、僕行くところがあって、その……」

視線をきょろきょろと彷徨わせて、どこか焦っている姿に妙な違和感。

まるで何か、やましいことでもあるかのよう。

歌音はそっと逸見に目配せをした。

「失礼」
「え、ちょっ!待って下さ……」

静止の声を無視してスラックスのポケットに手を突っ込む。

少年は身を捩りどうにか逃れようとするが、痛めつけられた体は思うように動かず意味をなさない。

「駄目っ!!」
「なんだ……これは」

歌音の大きな目がさらに見開かれ、逸見が怪訝そうな色を面に乗せた。

取り出されたのは、薄いビニールに包まれた赤い錠剤。

何の文字も刻まれてはいない、25mg錠だった。




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