「ペアを組んだ二人が、校舎内でお互いを探し合うゲームなんだよ。ペアをそれぞれ彦星と織姫に見立てて」
「……平和だな」

先月のイベントと比べれば驚くほど安全な行事内容に、光は目を丸くする。

また何かドンパチ的なものかと思っていたが、これなら問題なさそうだ。

隣の席の仁志が呆れたようなため息。

「あのな、何度も言ってっけどサバイバルゲームが特殊なんだよ。こうゆう普通の校内行事だってやってる」
「毎月何かしらある時点で、普通とは違うと思う」

どこと比べることは出来ないが、学業が本分の高校生が、祭りごとばかりやっているのは普通ではないだろう。

こちらもため息で返してやった。

「はーい、以上です。今週中にペアの人を決めて、私か委員の人に用紙を提出して下さい。解散」

そういい残して教室を出て行った須藤は、やはりと言おうか何と言おうか。

LHR中、最後まで話していたクラスの二人に、一切注意もしない。

張本人の光が思うのは筋違いかもしれないが、それでいいのか疑問だ。

休み時間になれば途端、教室は騒がしくなる。

耳に入る内容にこちらへの罵倒は含まれていないことで、光は生徒会の威力を実感した。

「そうだ、なら仁志さ……」
「光、悪ぃけど行事の準備とかあって、しばらく忙しいんだ。今は大人しいけど、周りの奴らには気を付けろよ」

遮って言われた台詞を残した相手は、席を立つと何処かぎこちない動きで廊下へと消えて行った。

「……変なの」

光が学院でまともに話すことが出来る相手は、今のところ仁志だけだ。

サバイバルゲームのときに穂積とも少し喋ったが、ファーストコンタクトはともかく二度目において光は自分のした行いが、明らかに不味かったと言う自覚がある。

強烈なパンチをくらわせてから、彼とは会っていないので、数には入らない。

まぁ、穂積がどのようなつもりで自分を助けたのか分からないので、そう簡単に信用することも出来ないが。

だから、七夕祭りでペアを見つけなければならないとすると、光は必然的に仁志を頼らざる終えなくなる。

しかし仁志の様子は、サバイバルゲーム以来、どことなくおかしかった。

「仁志様に……」
「ヲタクが……」

意識を内側に沈めそうになった少年は、周囲から漏れ聞こえる囁きに思考を中断させた。

さりげなく眼鏡に隠された瞳で室内を見回す。

誰も光を見てはいないようで、誰もが光を見ていた。

そここで交わされる悪口は、以前となんら変わりない。

しかし仁志がいた先刻までとは明らかに異なっている。

ゲーム直後、仁志から聞かされたのは生徒会役員が、補佐委員会全体に光への手出しを禁止した、という話だった。

反発がなかったとは思えないが、事実その日から今日まで光は誰から呼び出されることも、直接的な暴力を振るわれたこともない。

陰湿なイジメにシフトチェンジされたとしても、教材を入れておく教室のロッカーはダイアル式の鍵がついているので安全。

光は表面的な平穏を手に入れていた。

表面的な。

誰にも『手』は出されていないが、こうして仁志がいなくなれば開始される密やかながら、確実に耳に入り込む悪意。

生命の危険はないが、サバイバルゲームと同じ状態だ。

生徒たちの不満は抑圧されたことで、エネルギーを増したように思える。

それでも律儀に生徒会の言いつけを守る彼らを目にすれば、本当に生徒会の威力は凄まじい。

尽きることのない己への悪口に、よく飽きないものだと人事のような感想を抱きながら、光は自分のロッカーへと次の時間の教科書を取りに行った。




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