「な、なんだよっ!?」
「いいから面を上げろ」
「お前は代官かっ!」

昭和の少女漫画でありがちな、キスシーンのような優しい促し方ではない。

光の断固とした抵抗もあって、力づくで少年の顔を上向かせようとする指は、思い切り力が込められてかなり痛い。

しかしどうしたって素顔を見せることなど出来なかった。

当然だ。

どれだけ変装しようとも、顔の造詣は『千影』のもの。

下手に覚えられでもしたら、いつ今後の捜査で支障を来たすか知れたものじゃない。

首に力を入れているこちらの方に分があるはずなのに、先ほどの鬼ごっこもあって体力を消耗していた光は、じょじょに穂積の手が自分の顔を上げて行く感覚に焦りを隠せずにいる。

「み、見たって……何の得も……ないからっ!」
「それは俺が決める」
「ゴミ虫なんかを天下の生徒会長様が気にしなくていいよっ!」
「嫌味か?……絶対に見てやる」

どうしてそこでムキになるっ!

下手なところで子供みたいなリアクションはやめて欲しい。

ヤバイ。

今日はヤバイことばかりだ。

仁志に詰め寄られ、大勢の生徒に殺されそうになり、極めつけはこれだ。

いい加減にしてくれ。

極限状態が続いたせいもあるのだろう。

執拗な穂積の要求に、ついに光の中で何かがキレた。

「……そんなに見られたくないのか?」
「だから言ってんだろっ、このバ会長っっっっっ!!!!」

咆哮と共に、光の拳が相手の鳩尾にめり込んだ。

ボディブロー。

渾身の抉るような一撃に、穂積の身体がガクリと崩折れる。

「お前……っ」
「あ……」

ぎっと鋭い黒曜石の双眸で睨まれた途端、我に返った。

またしてもやってしまった。

さぁっと顔が青褪める。

散々なことばかりしてきた男だが、今は自分の恩人でもある。

その恩人に、お礼よりもさきにかましたのはボディブローだなんて。

悪いのはしつこかった穂積だ!なんて、どの面下げて言えようか。

「あ、あの、その……」
「長谷川……お前本気で潰されたいらしいな」

相当なダメージだったのか、何とか立ち上がった穂積の長身は、不自然によろめいている。

危機を脱しようとして更なる危機にぶつかっている今日の自分の運勢は、物凄く悪いに違いない。

追い詰められた光が取れる選択と言えば、お決まりとなりつつある。

「助けてくれてありがとうございましたっっっ!!!!」

逃走だけであった。




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