◆
補佐委員は生徒会役員とは異なり、授業免除の権利がない。一般生徒と同じく授業を受ける必要がある。
予鈴が鳴る頃には、準備室で作業していた生徒たちもいなくなり、残されたのは光ともう一人。
「渡井は?」
なぜか教室に戻らずにいる男は、僅かに逡巡するように視線を彷徨わせ、それから緊張した様子で口を開いた。
「副会長にご報告があります」
渡井の改まった態度に驚いたのは一瞬で、間もなく光は語られる内容の重大さに頭を抱えることになった。
副会長方で頻発しているのは、書類の紛失だけではないと言うのだ。
各方面への連絡漏れや、資料内容の不備など、副会長方が本格的に動き始めてから現在に至るまで、いくつものミスが起こっていると、渡井は打ち明けた。
「なんですぐに報告しなかった」
「俺や片岡が直前で気付き、副会長方内部で処理できる案件だったので、俺の判断で報告はしませんでした」
渡井らしからぬ無責任な発言に、光は押し黙った。
派手な身なりと「学院ホスト」という胡散臭い肩書から、軽薄な遊び人と思われがちだが、実際の彼は持ち前の慧眼で、細かいところまで行き届いた丁寧な仕事をする人間だ。報告・連絡・相談の基本原則を疎かにするような、愚鈍な輩ではないと断言できる。
じっと対面の瞳を見つめれば、やがて観念したように渡井が天井を仰いだ。
「光ちゃーん、たまには知らんぷりしたっていいんだよー。なんでもかんでも暴くってのは、お互いしんどいことになりかねないよ」
「職業病だと思って諦めろ」
「は?」
「いや、こっちの話。……それで?」
白状しろと追及する。
「だってさ、俺たちって期限ぎりぎりに結成したわけでしょ? 他所にくらべて出だしから差をつけられてるのよ。ハート重視で選出したから、要領のいいヤツばかりじゃないしさ。これでめちゃくちゃミスしてますってバレたら、絶対マズイじゃん」
「俺がな」
「……ほんと、察しが良すぎて困るな」
光の副会長就任が認められたのは、非常事態訓練での活躍の影響が大きい。生徒たちは危機的状況を打破した、美しい容姿の持ち主に魅せられ、狂乱の坩堝に落ちた。
しかしそれは、一時的なものに過ぎない。落ち着きを取り戻し始めた生徒たちは、熱狂の波を利用して足場を組んだ光が、副会長に相応しいのか否かを見極めるべく、その一挙手一投足を注視している。
デッドライン直前で発足した副会長方が、補佐委員会にあるまじき失態を頻発しているなどと知れたら、光の資質は確実に疑われる。後ろ盾を持たず実績も残していない光の足場は、脆く崩れやすいのだ。
今回の出来事が致命傷になる可能性は、十二分に考えられた。
「外部流出の危険があったから、書類の紛失は報告するしかなかったけどね」
渡井は困ったような微笑を浮かべると、小さく「ごめんね」と続けた。
「俺こそ、気を遣わせてごめん。心配してくれて、ありがとな」
「いやいや。光ちゃんを支えるのが、俺の仕事だし」
「けど次はない。今、打ち明けた理由は?」
これまで光に隠してきたにも関わらず、正直に言う気になったのはなぜか。再び渡井の表情が厳しいものへと変化した。
「もうわかってるんじゃない? これ、ちょっとおかしいと思うんだよね」
それはまさしく光の考えと一致していた。
当初こそ副会長方の面々が、不慣れな仕事でミスをしているのだと思った。渡井の言ったように、光への忠誠心の篤さで選出された委員たちの中には、お世辞にも優秀とは言い難い生徒もいたからだ。
けれど、再三の注意も虚しくミスは続いた。
やがて見えてきたのは、一つの共通点。すべてのミスは、重大問題に発展する恐れが、極めて低いのだ。
副会長方は学外の企業と関わる機会が多い。だが、連続するミスは、すべて学内で片のつくものばかり。外部へ及ぼす影響が小さく、尚且つ取り返しがつかなくなる前に、何らかの確認が入るものに限られた。
「意図的なミス……ってことか」
即ち、内部の者による業務の妨害工作である。
重苦しい表情で低く告げれば、渡井もまた同様の顔で首肯した。
光を慕い、未熟ながらも日々業務に励む彼らを思えば、出てくるはずのない結論。しかし残念なことに、これまでの状況を鑑みた上で導き出せる答えは多くなかった。
もっとも可能性が高く、もっとも信じたくない答えが、二人の結論だった。
- 825 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]