揺れる足元。




凄まじい音をたてて、書類の山が崩壊した。わずかにホコリが舞い上がり、対面の席に着く鴨原が、これ見よがしな咳払いをする。

だが、雪崩を起こした張本人は、自らの周りに生まれた惨状に見向きもせず、必要以上の力を込めながらキーボードの上で指を跳ねさせている。放っておけば「ターン!」と派手なエンター音が資料の完成を告げるまで、現実に帰って来ないことは、すでに室内にいる全員が知っていた。

「せめて床に落ちたのくらい拾え、神戸」
「え……? え? は? おおおおお!? なんだ、コレ!?」
「やはり気付いていなかったんですね……」

集中を切ってしまうことに若干の申し訳なさを覚えつつ声をかけると、我に返った神戸が書類タワーの成れの果てに目を剥いた。勢いよく立ち上がったせいで、辛うじてバランスを保っていた残りの塔が崩れ落ちる。

整理整頓の苦手な神戸に、最初こそ額に青筋を浮かべていた鴨原も、最近では怒りよりも諦めが勝っているらしい。大きなため息を吐き出すと、神戸を手伝うべく席を立つ。

「整頓術の本でも差し上げましょうか? 何度目ですか、これ」
「う、うるせぇな! 片付けができないワケじゃねぇし! 今は仕事が立て込んでるから、ちょっと散らかりやすいだけで」
「あなたのは片付けではありません。ただ積み上げているだけだから、こういうことになるんです」

鴨原の正論に、神戸はぐっと言葉を詰まらせた。決まりが悪そうに目を伏せて、唇をへの字にする。

「子どもですか」
「……」
「まぁ、仕事が立て込んでいるのは、確かですけど」

作業の手を止めずに二人のやり取りを聞いていた光は、胸裏で大きく頷いた。

十二月に予定されている行事は、聖夜祭ひとつだ。期末テストや冬期休暇が入るため、他の月よりもイベントが少ない。

これを利用して、聖夜祭の準備は新生徒会の主動で行われる。これまで現生徒会の下で学んだことを生かし、年明けの世代交代を前に実力を示すのだ。

今回、現生徒会はあくまでフォロー役に過ぎず、光たち新生徒会は慌ただしい日々を送っていた。

「この程度で泣きごと言ってんじゃねぇよ、アホ」

それまで黙っていた仁志が、不機嫌そうに口を挟んだ。

仁志は浮足立つ新生徒会メンバーの中で、唯一落ち着いて仕事を進めている。現生徒会役員としての経験が、他の新役員との間に明確な実力差を生むと同時に、大きな支えとなっているのだ。光たちの動揺がこの程度で済んでいるのは、仁志のおかげだった。

「来月になったら、俺たちだけでやるって分かってんのか? 修羅場のときに雪崩起こしたら坊主にすっからな」

半ば本気の脅し文句に、神戸は「ひぃっ!」と悲鳴を上げる。散らかった書類をかき集めるスピードが格段に上がった。

「神戸先輩の肩を持つ気は一切ありませんが、書類が多すぎるように思います。碌鳴がこれほどペーパーレス化に遅れているとは意外でした」
「あー……それはな、わかる。紙の利便性とか取引先との関係ってのもあるけど、ぶっちゃけ上の連中が、紙の方が安心するっていうクソみてぇな理由もデカイからな」

鴨原の指摘に、仁志がうんざりとした口調で言う。

「そんな理由で紙のままなんですか!? うぅ、オレが書類失くしたら、経営側のせいだからな!」
「お前のせいに決まってんだろ、どアホ!」

責任転嫁も甚だしい神戸の発言に、仁志の怒号が落ちる。対して、光は苦笑すら出来なかった。

気まずい思いを宥めるつもりで、ひっそりと深呼吸をする。懸念事項が解消されるまで、心が安らぐわけではなかったが、多少は冷静さを取り戻すことに成功する。

神戸が書類で塔を築き直すのを横目に、自らの仕事を再開させた。




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