同時に、光の頭は冷静に自分を取り巻く状況を分析していた。

副会長方を発足できたのは、純粋に実力を評価されてのことではない。

訓練では結果的に派手なパフォーマンスを演じることになったが、果たしてアレが実力の証明に繋がるだろうか。光の力を量るなら、定期テストや体育祭の結果の方がずっと分かりやすい。それにも関わらず、光の評価はあの一件を境に変化した。

もし以前の姿で壇上に現れていたら、どうだろう。見目が影響していることは明らかだ。

「……分かってたけどな」

ようやく慣れて来たフルリム眼鏡のブリッジを押し上げながら、口の中でひっそりと呟く。

「なにか言った?」と無邪気に訊ねる渡井に否を返して、光はその神秘的な美貌に見合った艶やかな笑みを委員たちに向けた。

「新生徒会副会長の長谷川 光です。俺には高い家柄や約束された将来はありません。もちろん、後ろ盾も。それを承知の上で副会長方に志願してくれたことを、心から感謝します。本当にありがとう」
「長谷川様……!」

うっとりとした音色で囁かれた呼び名に、束の間凍りつく。

補佐委員は自らが敬愛する生徒会役員を、過剰なほど祀り上げる。その傾向はこれまでの学院生活で嫌というほど知っていたが、よもや自分が「そう」呼ばれる日が来るとは思わなかった。よく穂積たちは我慢できるなと、ある意味で感心してしまう。

背筋を這い上がった悪寒にも似た衝動を理性でねじ伏せ、光は困ったように苦笑した。

「俺ってそんなにエラそうかな?」
「も、申し訳ありません! お気に障りましたか……?」

光を「様」付けした委員は、不興を買ったかと顔面蒼白になる。今にも土下座しそうな様子に、生徒会役員と認められた者が有する力の強さを実感する。

同じ生徒だと言うのに、馬鹿みたいだ。

「副会長方として集まってくれたみんなには、理解しておいてほしいことがある。もしこれから話す内容に共感できないのなら、委員を降りてくれて構わない」
「なにを仰るんですか、長谷川副会長!?」

動揺する片岡を視線だけで制すと、光は全員の眼を見るように視線を巡らせた。

「俺とみんなは、碌鳴学院を共に支える仲間です。だからどうか、俺に対して必要以上に謙らないでください。距離をおかないでください。生徒会役員もみんなと同じ「生徒」なんだと知ってください」

委員たちの顔が驚愕に彩られる。

無理もない。光は従来の生徒会役員と補佐委員の関係では、あり得ないことを要求しているのだ。

渡井だけが平然――というよりも、嬉しそうに口角を持ち上げている。

「生徒会役員は、決して別世界の住人じゃない。完璧じゃない。ちょっとしたことで笑うし、バカみたいな理由で怒るし、何気ない言葉で傷つきます。みんなと同じです。なにも変わらないんだ。家柄や肩書があっても、その中に一人の個人がいることを忘れないでください」

碌鳴学院に根付いてしまった問題は、いくつもある。家柄至上主義、生徒会役員の神格化、故に生じる明確な学内ヒエラルキーと凝り固まった価値観による偏向的な思想。

自分の在任中にすべてを解消できると思うほど愚かではないが、せめて副会長方として名乗りを上げてくれた彼らには、理解してほしかった。

光という神輿を担ぐ準備はあっても、同じ目線で協力する考えはなかったのだろう。困惑から生じた沈黙が室内に落ちる。

漂いかけた重苦しい空気を打ち消したのは、力強い声だった。

「わかりました。副会長方は長谷川副会長に対してそのようにしましょう」
「片岡」
「ご心配には及びません、我々も理解しています。長谷川副会長の役員起用は、この碌鳴学院の体質改善を狙ってのことだと。非常に困難な問題に取り組まれるおつもりだと。ここにいるのは、あなたの賛同者です」

迫力の笑顔を向けられた他の役員たちは、一斉に首を縦に振る。力技で引き出した同意に満足そうな首肯を返して、片岡は威圧感のある笑みを再び好青年のそれに作り変えた。

片岡 巧――優しげな風貌に反して、なかなか強かな男である。

「ま、そんな肩肘張らずにやっていこうよ。つまり、うちは他と違ってアットホームってこと。難しく考えなくていいんだよ」

場を取りなすような渡井のフォローに安堵したのは、恐らく光だけではないだろう。彼は光の背中を軽く叩くと、人好きのする明るい表情を見せた。

「オレたちはみんなで光ちゃんを支える、そのためには余所余所しい態度はダメ、仲良くするのが一番。でしょ? 光ちゃん」
「……うん、そうだな」

光は知らぬ間に握り締めていた拳をゆっくりと開いた。思いの外、緊張していたらしい。

碌鳴学院の悪しき風習を変える、最初の一歩だ。至極まっとうな反応と言えるだろう。

だが、それが相手に伝わっては意味がない。光は彼らと一緒に歩いて行きたいのだ。

ひっそりと呼気を逃がし、引き結んでいた唇を緩めた。

「渡井の言う通りだ。俺も……その、みんなと仲良くなりたい。だから、これからよろしくな」

静謐な輝きを湛える紫水晶が、眩い陽光を反射したかのような艶やかな微笑みに、誰もが目を瞠る。

光の実力はもちろん別人のように変貌した美しい容姿が、副会長方に志願する一因になった面々にとって、その姿は彼のあらゆる要求を受諾するに足る価値があった。

勢いよく返事をする彼らの瞳には、先ほどとは明らかに異なる熱がこもっていた。




- 815 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -