穂積の口から零れ出たのは、この場にいる全員の想いを代弁していた。

普段の態度からつい忘れそうになるが、逸見も穂積に負けず劣らず歪んだ性格をしている。策士染みた不敵な笑みに警戒心を刺激されたのは、一度や二度のことではない。

とはいえ、ここまでえげつない顔を見たのは初めてで、光は驚きのあまり硬直した。

この先に待ち受けるであろう魔王との壮絶な舌戦を思い、全身の筋肉がぎゅっと収縮する。そろりと目だけを動かし周囲を確認すれば、同じように身構える鴨原と神戸がいた。

張りつめた空気を破ったのは、場違いなほど朗らかな声だ。

「うわぁ、久しぶりに逸見くんの素を見たけど、相変わらずヒドイね! 毒を吐くっていうより毒そのもの? まさに有害って感じ!」
「……綾瀬くん」
「え?」

苦笑交じりに呼びかけられて、綾瀬が小首を傾げる。自分の放ったセリフがいかに危険であるか、まるで気付いていない素振りだ。否、恐らく本当に気付いていないのだろう。

苦虫を噛み潰したような顔で沈黙した逸見と、笑いを堪え切れず肩を震わせる穂積を、不思議そうに見比べている。

「綾瀬様、すげぇ……」
「……生徒会最強は綾瀬副会長だったか」

生徒会の真の支配者を察し、新役員二人の瞳に畏敬の念が宿った。

「ぶっは! ははははははは!!! 逸見先輩を有害指定とかっ……! 有毒物にあしらわれてるバ会長も、マジっ……ふ、はははははは!!!」
「騒音を出すな、公害。場を弁えた振る舞い一つ出来ない非常識が後任か、先が思いやられるな」

あっという間に体勢を立て直した穂積に切り捨てられ、仁志の馬鹿笑いがピタリと止まる。

「んだとっ!? てめぇもっぺん言って――」
「同感だ。俺も会計の職を譲った手前、多少の責任を感じる。他に適任者が見つからなかったとは言え、判断を誤ったようだ」
「気にするな。まさか一年の準備期間があってコレとは、誰も思わないだろう」
「だぁぁぁぁぁ!!! 結託すんな! さっきまでの険悪ムードどこ行ったんだよ、てめぇら!!!」

仁志の大絶叫に、穂積と逸見が揃って口端を持ち上げる。よく似た笑みは「凶悪」と評するに相応しい。魔王と策士のタッグを前に、果たして仁志になにが出来るのか。

「仁志様、だせぇ……」
「……生徒会最弱は仁志会長だったか」

新役員二人の瞳に浮かぶ感情は、言うまでもなかった。

「あ、そうだ」

光が「それ」を思い出したのは、食事も終盤に差し掛かった頃だった。

身体と背もたれの間から、濃紺の和紙に銀色のリボンをかけた包みを出す。

「ん? なんだそれ、光」

切り出すタイミングを迷っていると、はす向かいの仁志と目があった。釣られたように、他の面々の視線も集まる。

「いや、あの、会長の誕生日祝いって聞いたから、プレゼントにと思って」

妙な気恥ずかしさを振り切るように、思い切って席を立つ。

呆然としている穂積に「どうぞ」と消え入りそうな声で告げ、包みを差し出した。

先日の事件以来、穂積とは普段通りに接している。だが、それはどこか表面を撫でるだけのもの。吐き出せない想いを抱えていることは、互いに知っている。

交流会からこちら、二人の間に流れる空気はいつも僅かな緊張感を伴っていた。

「……長谷川」
「ご迷惑なら、別に――」
「ありがとう」

じっと注がれていた視線が移動し、ようやく包みが光の手を離れる。肩の荷が下りたように吐息を漏らしかけて、喉元で呼気が堰き止められた。

穂積の唇に浮かぶ柔らかな微笑と、細められた双眸の奥に宿る優しい光りに、胸の奥でどくりと重い音が鳴る。

「あ、いえ」
「開けてもいいか?」

居た堪れなさに負けて、光は自分の席に逃げ帰りながら首肯だけで返事をした。

「へぇ、長谷川くんからのプレゼントかぁ。なにを選んだの?」
「いえ、その、別に大したものではないんです」

興味深げな綾瀬に、謙遜ではなく本気で答える。

これまで贈り物をしたことなど、ほとんどない。調査を抜かせば木崎を相手に数えるほどだ。

そんな経験に乏しい光が、穂積の誕生日プレゼントを選ぶのは困難を極めた。

なにしろ相手は世界的大企業の御曹司。欲しいものは何でも自分で手に入れられる。今さら光が用意できる範囲の品で、望むものなどあるわけがない。

悩みに悩んだ末、光が選んだのは「穂積が欲しいもの」ではなく「自分が贈りたいもの」だった。

銀色のリボンが解かれ、テーブルの上に「それ」が姿を現した。

「……」
「……」
「……おい」
「……はい」
「本気か?」
「本気です」

正気を問うような口ぶりに、はっきりと是を告げる。

瞬間、室内にあらゆる感情が溢れ出した。

「お前、あり得ないだろう! どうして誕生日にコレを贈る気になる!?」
「ぶははははははは!!!! ヤバイ! マジヤバイって、光!!!!」
「あはっ、ははははははは!! 穂積、顔! 直前との落差!!!」
「まさか長谷川がこれほど心理戦に長けているとは思わなかった」
「……逸見、誕生日プレゼントに心理戦なんてないから」
「笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ」
「色んな意味で尊敬します、長谷川先輩」

爆笑する綾瀬と仁志に指差されながら、眉間に深いしわを刻んだ穂積が見つめるのは、滑らかなフォルムを持つ細長い瓶。

黒々とした中身と見事なコントラストを作る真っ白なラベルには「蔵元 本醸造 極上醤油」の文字が並んでいた。




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