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SIDE:仁志
すべてはスローモーションのよう。
梅雨の時期には珍しい、よく晴れた日。
燦々と降り注ぐ恵みの陽光に照らされて、青い世界に躍り出た人影。
しなやかに伸びた四肢は、溢れんばかりのエネルギーを感じさせる。
真っ白なブレザーをはためかせ、黒髪も風で靡いた。
仁志は駆け出そうとした身体を硬直させ、西棟の窓から食い入るようにその光景を見ていた。
やがて、友人の身体は上手い具合に穂積の長い腕に抱き留められる。
二人揃って地面に転がってしまったが、きっと怪我はない。
しかし、仁志の心は安堵とは別の感情。
驚愕に支配されていた。
あの見事なジャンプ。
並の度胸では出来ないどころか、思いつきもしない選択。
秀でた身体能力と、受け止める役がいるからこそ成功したが、普通の人間にはとても真似出来ない。
そしてその、常識はずれなアクションを見たのは、二度目だった。
先刻まではただの疑念だった。
どこか似ている、類似点。
もしかしたら。
けれど今は違う。
「嘘だろ……」
光の飛び降りた姿は、満月の夜に見たものと酷似していた。
真っ赤な長髪を闇に遊ばせて、ビルからビルへと飛び移ったあの男と。
完全に一致している。
不良グループに自分が顔を出している間、一度だけ起こった大きな抗争。
後藤を探しているときに、当のヘッドと遭遇した仁志はことの全容を聞くと、すぐに近くのビルを見て回った。
いくら自ら志願したとは言え、本当に一人置いて来るなど冗談じゃない。
怒りをぶつけるよりも助けださなければと、他のメンバーに連絡をつけて探し続け。
そして見た。
空きビルの屋上で、敵チームに追い詰められた少年が、鉄柵に足をかけて闇夜を飛ぶのを。
ヘッドの忠実なる右腕。
名前は。
「キザキ」
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