交流会二日目の朝、光の姿は変貌していた。

櫛を通した形跡のない鳥の巣頭は艶やかな黒髪になり、分厚いレンズの黒縁眼鏡は繊細な印象のフルリム眼鏡へ変わり、露わになった白皙の面は美しく整っていた。角度によって紺青色の輝きを放つ神秘的な虹彩に、息をするのを忘れてしまったほどだ。

「母親に似ている」と言って、素顔を晒すことを躊躇していたのに、どういった心境変化があったのか。気にはなるが、さほど問題ではない。

「さっき穂積会長が言っていましたね。生徒会役員は家柄や容姿でなるものではない、と。確かにその通りです。けど理想だ。彼らは見栄えのするようになった長谷川先輩だからこそ、受け入れたに過ぎません。どんな姿でも長谷川先輩の能力は変わらないのに、以前から示され続けて来たのに、容姿というもっとも表面的なものが整っていなければ受け入れられないんです」

胸の奥で蟠っていた感情を吐き捨てる。

決して、外見を軽視しているわけではない。対人関係において見目の良さは武器であり、実力の内に含まれる。自身も恵まれた容色をしているだけに、その効果を実感している。

しかし、碌鳴学院の生徒は拘泥し過ぎているのではないか。美しい容姿がなければ、有能な人間をそうと認めることすら出来ないのか。

鴨原の心を満たすのは、憤りよりも失望に近い。

「別に悪いことじゃないと思うけどね、俺は」

あっさりとした調子で返されて、俯けていた顔を持ち上げる。

「みんな、きっかけを待っていたんだよ」
「きっかけ、ですか?」
「そ。いい加減、認めなきゃいけない。けど認めたくない。ずっと格下だと思って来た相手だしさ。そう簡単に認められないでしょ? 光ちゃんのイメチェンは、まさに渡りに船ってわけですよ」

渡井の言い分は分からないでもない。

生徒会に牙を剥いた異端者として迫害してきた相手だ。認識を改めるのは簡単なことではない。新生徒会副会長という重職を任せるとなれば、さらに難しいだろう。

それでも、光の実力を認めるきっかけが「コレ」というのは、情けない気がした。

「よく平然としていられますね。渡井先輩、新副会長方筆頭でしょう。この状況をなんとも思わないんですか」

通常、生徒会補佐委員会は、各役職についた生徒の親衛隊で組織される。光についてはこの限りではないが、自ら志願して筆頭になったのだから、渡井も相応の想いを抱いているはずだ。喜ぶだけの姿に違和感を覚えた。

「あれあれ? なんか疑われてる?」

不信感を隠さず見つめれば、彼は困ったように首を傾げる。「どう言えば伝わるかな」と腕組みをして、しばし考えをまとめるために沈黙する。

どこか演出染みた振る舞いに鼻白んだところで、渡井が伏せていた目を上げた。

「正直、どうでもいいんだよね。光ちゃんが受け入れられたのなら」
「は……?」
「理由とか過程とか、そんなのはなんだっていいんだ。だって、今の光ちゃんに必要なのは、生徒たちの承認でしょ」

臆面もなく言い切られ、呆気にとられる。渡井の発言を呑み込めず、目を瞬いた。

「新副会長方の発足に目途が立たないまま十二月を迎えていたら、どうなっていたか……。任せてって言ったけど、間に合うか微妙だったからけっこう冷や冷やしていたんだよ」

就任式から二カ月、鴨原の新書記方を含め新たな補佐委員会が出来上がりつつある。遅れていたのは、光の新副会長方だけ。渡井が懸念するように、このまま委員が集まらなければ、光のリコールもあり得る。

「けど、これでどうにかなりそう。声をかけてた子たちのほとんどが、あと一歩を踏み出せないって感じだったからね。きっと希望者が殺到するよ」
「そんな連中を採用して、使い物になるとでも? あなたは新副会長方が出来上がればそれでいいと思っているんですか?」
「まぁ、大きくは間違っていないかな」

ふっと微笑まれ、頭に血が上った。

外見に惑わされ本質から目を逸らし続けた人間を集めたところで、光の役に立つわけがない。些細なことで再び不満を持ち、離反するのは明らかだ。

新副会長方筆頭として、一番に光を支えるべき人間の発言とは思えない。

「あなた、どういうつもりで長谷川先輩に――」
「光ちゃんはこの学院を変えたいんだよ」

鴨原の怒りを遮ったのは、真剣な音色だった。口元に柔和な笑みを湛えていても、二重の瞳に宿る光りは冴えている。ぶちまけるはずの感情が、喉元につかえて消えた。

「あの子が役員に選ばれた理由、知ってる? 家格意識に縛られた生徒たちの認識を正すため、生徒会と生徒の距離を縮めるため、つまんない「常識」が根付いたこの箱庭を変えるためだ。そしてこれは選出理由であり、光ちゃん自身の願いでもある」

渡井が口にしたのは、役員就任を祝う晩餐会で光本人が語っていた内容と相違ない。固定観念に縛られた碌鳴学院に変革をもたらすべく役員になったのだと、彼は言っていた。

光のみならず自身の登用すら穿って捉えていただけに、その言葉は衝撃だった。強い覚悟を持って運営組織に名を連ねたのだと、理解せざるを得なかった。

「俺の優先順位はそっち。光ちゃんの望みを叶えてあげたい。そのために必要なのは、役員としての力でしょ? 副会長として認められるとか、補佐委員を発足させるとか、そんなところで躓いている場合じゃないんだよ。スタートラインにすら立てないなんて、冗談じゃない」

生徒会役員にとって、生徒からの承認は必要不可欠。その地位を得るに相応しいと肯定されて、初めて権力を行使し実力を発揮できる。

逆を返せば、それがなければ役員として動くことは出来ない。いくら崇高な目的を掲げていても、意味がないのだ。生徒たちには生徒会役員の解任請求権が与えられているのだから。

「……顔に似合わず乱暴なことを言いますね。まるで長谷川先輩が実権を持てさえすれば、他はどうでもいいと言っているように聞こえます。あなたにとっては、リコールを回避するためだけの補佐委員ですか」

中身の伴わない手駒だろうと、光の足場を確かにしてくれさえすればいい。新副会長として本格的に始動すれば、こちらのものだ。渡井の言い分は暴言に近い。

「上辺に釣られた連中を頭数だけ揃えたって、身内に不安要素を抱えるだけではありませんか?」
「いやいや、それはないでしょ。言ったじゃない、あくまで「きっかけ」だって」

意味が分からず胡乱な視線を送れば、渡井はにまっと得意げに笑う。

「光ちゃんの仕事ぶりを目の当たりにして、深みに落ちないヤツがいると思う? 軽い気持ちで委員になったが最後。絶対にみんな心酔するね」

「身に覚えはない?」と続けられて、鴨原は深く息を吐き出した。

生徒たちの視野の狭さにうんざりしたのは変わらない。光の実力が本当の意味で理解を得られていないのも不本意だ。

けれど、渡井のセリフに納得してしまった。

例え「外見」というきっかけだとしても、光の有する本当の魅力に気づかないわけがない。

自ら体験しただけに、否定の余地はなかった。

「すみません、どうやらあなたを誤解していました」
「そう? どんなふうに」

からかうような問いかけに返事はせず、鴨原はそっと視線をモニターへ戻した。

画面の中の生徒たちは盛り上がったまま。鳴り止まない拍手が鼓膜を震わせ続ける。

――今はまだ表面を撫でるだけの紛い物の歓声が、いずれ本気の熱狂に変わる日が来る。

確信しているからこそ、渡井は「きっかけ」に拘らずにいる。光の足場さえ仕上がれば、目的を成し遂げることが出来ると疑わない。

渡井は誰よりも光の実力を信じている。正真正銘の「副会長方筆頭」だ。




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