SIDE:鴨原

拍手と歓声に包まれる大講堂の様子を、モニタールームの画面越しに眺めながら、鴨原は呆れたようにため息を吐いた。

進行プログラムが記載されたプリントを折り畳み、手早く身支度を整える。

今日中に終わらせるべき仕事が、いくつかあったはず。脳内で仕上がりまでの段取りを計算していると、耳に心地よい朗らかな声がかかった。

「ヒサくん、もう行くの? まだ生徒の退場が終わってないけど」
「えぇ、わたしの仕事は一通り終わりましたから……」
「もうちょっと余韻に浸ってもいいじゃない。光ちゃんが新副会長として認められた、記念すべき瞬間だよ」

言いながら、渡井 明帆はブレザーのポケットからクラッカーを取り出して、景気のいい音を鳴らして見せた。テーブルの上には、すでに役目を終えた残骸がいくつか転がっている。

「……それ、いくつ準備したんです」
「まぁまぁ、今日くらい大目にみてよ。ごみはちゃんと持って帰るからさ」

甘く整った顔に喜びを乗せて、渡井は次々にクラッカーを鳴らす。小気味いい破裂音が連続し、その度にカラーテープが視界を遮る。

正直、うるさい。

眉間に深いしわを刻んで、これみよがしに嘆息する。言葉にせずとも、抱く想いは伝わるはずだ。

思惑通り、渡井は新しいクラッカーを鳴らすことなくポケットに戻すと、笑顔を消して小首を傾げた。

「なにが不満?」
「不満とは言っていません。ただ、朝からその音を聞くのは少し――」
「そっちじゃなくて」
「はい?」
「クラッカーじゃないよ」と繰り返して、渡井はモニターに目線を向けた。

画面に映る光景は、先ほどから少しも変わっていない。生徒たちは大いに盛り上がっているし、舞台の中央には就任式のときと同じく深く頭を下げた光がいる。

反射的に舌打ちをしかけて、こちらを見つめる双眸に気が付いた。

ソファに座る渡井は、その長い脚をゆっくりと組み替えて、膝頭を支えに頬杖をつく。アプリコットブラウンの髪の下に並ぶのは、先ほどの浮かれ具合からは想像もつかないほど冷静な瞳だ。

「光ちゃんが認められて、嬉しくない……わけじゃないよね。ヒサくん、光ちゃんのこと気に入ってるし」
「そんなこと言いましたか、わたし」
「見てれば分かるよ。結構、尊敬しちゃってるでしょ」
「……」

内心を見破られて、居心地が悪くなる。軽薄なだけの学院ホストとは思っていなかったが、これほど観察力に優れた人間だとも思わなかった。

渡井の指摘通り、鴨原は光を尊敬している。

新生徒会発足当初は、反感もなければ興味もなかった。だが、共に仕事をしていく中で彼の実力を知り、自分にはない大胆不敵な行動力や他者への深い優しさに魅せられた。

少なからず前評判の影響を受けて、色眼鏡で見ていた自分を反省したし、一向に光の真価に気付かない生徒たちを軽蔑していた。

おそらく、新副会長方筆頭である渡井よりも、光が受け入れられることを望んでいたはず。

「わたしはあなたの方が不思議です」
「え?」
「どうして素直に喜べるんですか。彼らはなにも分かっていないのに」

涼しげな切れ長の双眼に、冷えた意思が宿る。皮肉びた笑みが、鴨原の口端を歪めた。

昨日、光は侵入者の手から碌鳴学院を救った。セーフハウスに避難していた鴨原は、その現場を見てはいないけれど、光の活躍が生徒たちの凝り固まった意識を覆したのは明らかだ。

けれど――

「あの人が以前の姿だったら、この反応を得られたと思いますか?」
「……無理だろうね」

渡井の返答に、鴨原は拳を握り込んだ。




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