SIDE:穂積

振り下ろされる拳から、目を逸らさなかった。回避も防御もせず、ただ眼前の男を見つめ続けた。

頬に与えられた衝撃は重く、瞬間的に燃えるような痛みが走る。無様に倒れ込むことはなかったが、威力を殺し切れずに身体が傾ぎ足がふらついた。

殴打の痛みから僅かに遅れて、周囲の騒ぎ声を聴覚が拾う。意味をなさない悲鳴や、憤りの籠った罵倒。もっとも多いのは、目にした光景に対する驚愕の声だろう。

学内の絶対君主である穂積が殴られたという事実に、生徒たちが動揺するのは当然だった。

穂積はすぐに体勢を整えると、まるで何事もなかったかのように悠然と微笑んだ。

怯えも怒りも感じさせない自然な態度に、殴った側の男がぎくりと身を竦ませる。得体のしれないものを前にしたかのような面持ちで、じりじりと後退り距離を取る。

「な、なんだ」
「なんだ? なにも言っていないだろう。お前こそなにが聞きたい」

揶揄するように問い返したのは、わざとだ。暴力を振るった相手に挑発的な態度を取るのは危険だったが、一度の制裁で畏縮してはこの場にいる意味がなくなってしまう。

穂積に課された役目は、人質の代表としてすべての矢面に立つのはもちろん、生徒たちの精神的支柱になることだ。例えポーズだけだとしても、余裕の態度を崩すわけにはいかない。

もっとも、今回においては穂積の浮かべる表情は偽りではなかった。

穂積は片手を腰に当てると、強気な調子で言を継いだ。

「短気だな。全体を見通すには経験が足りていない」
「なっ……!」
「だからこんな安い挑発に乗せられる。指摘されたことがあるだろう?」

徐に一歩を踏み出し、生まれたばかりの距離を自ら縮めて行く。

「実力がないわけじゃない。ただ、頭に血が上りやすい。不測の事態に弱く、些細なことで足元が揺らぐ」
「おい、止まれっ」
「すぐに視野が狭くなる。落ち着きを欠き、思考する力が落ちる。すると当然、判断ミスをする」
「っ!」

いつの間にか静まり返った体育館に革靴の音を響かせながら、一歩、また一歩と足を進める。欠点を挙げ連ねながら、相手の瞳を見据え続ける。

それはつまり、男も穂積の瞳しか見えていないということ。

銃を構えることも出来ず立ち尽くす男の瞳を見下ろしながら、穂積は傲然と言い放った。

「残念だったな、不合格だ」
「あ……」

いったいなにが起きたのか。突然の事態に、誰もが思ったことだろう。

だが、打ちひしがれた様子の男に、穂積は確信を得た。この一件、勝者は自分であると。

「図に乗るな」

冷たく平板な声音と共に、背中に硬質な感触が触れる。銃口を押し当てられるのも慣れてきて、穂積は大人しく両手を顔の横に持ち上げた。

「あぁ、やはり出て来るのはお前か」
「……人質は大人しくしていろ」

これまで出会った侵入者の中で、唯一穂積の防衛本能に訴えかけて来た男は、ぶっきらぼうに吐き捨てて銃を離した。

それから未だに呆けたままのリーダーを連れ、舞台を降りてしまう。出来れば二人の様子を確認したかったが、代わりに壇上へ上がって来た見張りに睨まれては諦めるしかない。

生徒たちの訝しげな視線を受け流しながら、穂積は今回の一件について考えを巡らせた。




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