「おい、見てたんなら手伝えよ! マジでこいつが撃たれてたら、どうするつもりだったんだ」
「怒るなよ。本当に危なくなったら、助けに入るつもりだった」
「銃口むけられる以上に危ない状況って、そうそうねぇだろ!」
「はいはいはい。けどな、いつも誰かの手が借りられるわけじゃないんだ。確実に使えるものだけで目的を果たせるように……いや、これはお前に言うことじゃなかったな」

助けを期待してはいけない。自分の力だけで乗り越えなければいけない。それらは調査員としての心得だ。

説教相手を間違えた、と続けて木崎は光に向き直った。

真剣な眼差しで見つめられ、どきりとする。自分はなにか、失敗しただろうか。

光の役目は無力な生徒を演じて、敵の油断を誘うこと。隙を突いて攻撃を仕掛け、注意を引いたら門の外で待機していた仁志がとどめを刺す作戦だった。

予定よりも簡単に成功したし、光も仁志も無傷で済んだ。戦闘能力のない神戸と鴨原はセーフハウスに向かわせたし、木崎に怒られるような失態は演じていないはず。

そう思うものの、注がれる視線に全身の筋肉が緊張するのが分かった。
「今度はミステリアス系か」
「は?」

ぽつりと呟かれた一言に首を傾げる。木崎の言葉の意味が理解できず眉を寄せれば、彼は光の頤を指先で掬い上げた。

先ほどの戦闘で乱れた髪が、重力に従い後ろへ流れる。露わになった光の面を見下ろしながら、木崎は口端をつり上げた。

「変装を新しくするって聞いたときには驚いたが、いいんじゃないか。よく似合ってるぞ」
「あ、うん。向こうでこのスタイルを考えてくれた人たちがいて」
「同じ黒髪黒目でも、随分と印象が変わったな。元のイメージとも違うが……」

大きな掌に頬を撫でられ、光は煩わしげに身動ぎをする。

二人だけならば兎も角、今は仁志もいるのだ。友人の前でこの扱いをされるのは、少々居心地が悪い。

木崎の肩越しに仁志のにやけ顔が見えて、光は慌てて木崎の手を押し退けようとした。

「どうせ顔を出すなら、素顔になってもよかったんだぞ」
「なに言ってるんだよ。俺の顔が割れたら、この先の調査が難しくなるだろ」

面白くもない冗談だ。咎めるように相手を睨み上げた光は、遭遇した表情に狼狽えた。

木崎は笑っていた。

緩やかな弧を描く唇の隅に、自嘲の色を乗せて。細められた瞳の奥に、悲しみの影を潜ませて。笑っていた。

「武文……?」
「とりあえず移動しながら情報確認するか。おい、アキ!」

光の呼びかけは、あっさりと躱されてしまった。仁志を呼び寄せ、互いの持つ情報を照合し始める。

追及したい気持ちはあったが、優先すべきは自分の感情ではない。光も意識を切り替え、二人の会話に加わった。

事件発生当時、木崎は校内の混乱が収まるまで保健室に身を潜めていたという。生徒たちがいなくなったところで、一階の哨戒を担当する侵入者を撃退し、今回の事件について情報を得たらしい。

「お前らが綾瀬から聞いた話と同じだな。敵の数は十五名、体育館には五名で残りは校舎と職員のいる主要施設だ」
「俺と光で正門の一人と、おっさんが校舎一階の一人を倒してるから、残りは十二人か」

校舎内を巡回している残り三名を除外しても、戦う相手はまだ十一名もいる。その全員が武装しているのだから堪らない。

うんざりとした調子で吐き出す仁志に、光は否を告げた。

「全員を倒す必要はないんじゃないか。指揮を取っているリーダーを押さえてしまえばいい」
「そうだ。こういう武装組織の場合、頭をとれば足は動きを止める。それが出来なくても、救助チームが入るまでの時間稼ぎにはなるだろう」
「俺の予想だと、指揮官は体育館にいると思うんだけど」

侵入者「暁の陽炎」の目的は、極刑を下された指導者の釈放とのこと。例え交渉相手が国だとしても、碌鳴学院の生徒たちは人質として充分に価値がある。

その中でも特に高値がつくのは、間違いなく穂積だ。重要な取引材料の元にリーダーがいると考えるのは当然だった。

「法務省に関係する生徒がいるなら話は別だが、今の碌鳴にその手のやつは在籍していないからな。穂積 真昼のいる体育館で正解だろう」

木崎は深く首肯すると、しばし考える素振りを見せた。

そうして俯けていた顔を上げ、口を開く。

「まずは警備室の連中を助けるぞ。一番は救助チームとの連携のためだが、間に合わなければ俺たちと一緒に行動させる」
「どういうことだよ」

電話口で決めた計画とは異なる発言に、仁志が訝しげに眉を寄せる。

「俺たちで体育館を解放するんだよ」

答えたのは、問われた木崎ではなく光だった。

にっと不敵な笑みを浮かべながらも、眼鏡の内側に並んだ瞳は冷やかだ。太陽光の加減で紺青にも見える双眸には、衰えることのない静かな怒りが満ちている。

碌鳴学院に手を出したことを、穂積 真昼に手を出したことを、後悔させてやらなければ気が済まない。

「そういうことだ。我慢しろって言ったところで無駄だしな」

木崎は呆れたようにため息をつくと、促すように光の背を叩いた。

「囚われのお姫様を助けに行くぞ」




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