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続けられた疑問符に、歌音は頬を強張らせた。慌てて周囲を見回すものの、人影はおろか物音すら聞こえない。
確認のため逸見を見れば、彼は難しい顔で首肯した。
「この階に他の人間はいないはずだ。見られていた気配もないし、俺たちのことがバレる心配はないだろう」
「なら、別の場所に移動したかもしれないね」
男の両手をネクタイで後ろ手に縛りながら、逸見は「どうなんだ」と問い質す。侵入者の男は黙ったままだ。目だし帽を被ったままなので、表情の変化を読むことも出来ない。
「体育館に行くにしても、どこかに隠れるにしても、この場に留まっているのはよくないな。場所を変えた方がいいよね」
「うん、綾瀬くんの言う通りだ。ここからなら、どこが一番いいのか」
「視聴覚室だ。防音だから、外に声が漏れることもない」
「逸見……きみ、もしかして」
意図を察した歌音に「情報は多い方がいい」と返して、逸見は侵入者の男を連れて歩き出す。戸惑う綾瀬と共にその背中を追いかけながら、歌音は小さくため息をついた。
クラス教室のある東西の校舎と異なり、本校舎には特別教室が設置されている。視聴覚室は一階にあり、映像教材を視聴するための様々な機材が揃っている。
室内の椅子に侵入者の男を座らせると、逸見は手近な機材のコードで改めてその身を縛り上げた。
「あの、歌音ちゃん? これ、どういう状況?」
「綾瀬くんが調べてくれた情報はすごく貴重だけど、やっぱりもう少し詳細が知りたいなって思ったみたい」
「うん、それ質問の答えじゃないよね」
笑顔で一蹴され、歌音は苦笑した。答えを口にする代わりに、逸見たちを視線で示す。
それだけで言いたいことは伝わったらしい。綾瀬の頬がビシリと凍りついた。
「出来れば後ろを向いて耳を塞いでおいてくれないかな。その、あまり気分のいいものじゃないだろうし」
「そ、そうしようかな。ちょうどいいアイテムを持っているんだ」
綾瀬はそそくさと部屋の隅の席につくと、アイマスクと耳栓を取り出し手早く装着した。まさかこの展開を見越してのこととは思わないが、完璧な装備品である。
友人の視覚と聴覚が塞がれたのを確認していると、不意に「歌音」と呼びかけられた。見れば、どこか気遣うような表情の逸見がいる。
彼の想いを察し、微笑みを返す。歌音の答えは決まっている。
「俺の主人は強情だ」
苦笑交じりの呟きを最後に、逸見の纏う空気が変わった。眼鏡の内側に並ぶ双眸に硬質な輝きを湛えながら、彼は唇の端を緩く持ち上げる。
「まずは行儀よく聞いてやる。お前たちは何者で、何の目的で碌鳴学院を占拠した」
「……」
逸見の問いかけに、男は無言で顔を背けた。目線を床に縫い付けて、口をぎゅっと引き結ぶ。
逸見は男の反抗的な態度を意にも介さず、淡々と問いを続けた。
「仲間の人数は? 侵入経路は? 武器の数と種類は?」
「…………」
「指揮官はどこにいる? メインターゲットは誰だ? 逃走の手筈はどうなっている?」
「……ガキの遊びに付き合うわけがねぇだろ。尋問ごっこがしたけりゃ外を当たれ」
「内部に協力者はいるのか? どこでうちの情報を買った? 裏には誰が――」
「おい話聞いてんのか!? そんなに質問したきゃ壁にでも話しかけてろ!」
感情的な怒声に遮られ、逸見の平板な声がピタリと止まる。代わりに吐き出されたのは、呆れたような嘲笑だ。いつものように掌で口元を隠すことはせず、これみよがしにせせら笑う。
「なに笑ってやがる!」
「馬鹿の相手ほど楽なものはないからな」
「お前っ!」
「知っているか? 訓練を受けた者は、尋問に対して一切の反応を見せない。例えば、相手の返事を待つことなく、矢継ぎ早に質問されたとしても」
随分、高度な訓練を受けたようだ。と皮肉られ、男は歯噛みしながらも口を閉ざす。その瞳に宿る感情が、侮辱に対する憤りから驚愕へ変じたのは、次のときだ。
逸見は手にした拳銃からマガジンを取り出すと、流れるような動きでスライドキャッチを引き抜き分解して見せたのだ。
鮮やかなフィールドストリッピングに、男はようやく事態を把握したらしい。目の前に立つのは、ただの高校生ではないのだと。
俄かに緊張感の増した室内に、逸見の冷やかな低音が落ちる。
「『尋問ごっこ』はここまでだ。こちらもあまり時間がないからな、すぐに吐かせてやる」
そうして始まった尋問を、歌音は見つめ続けた。視覚を満たす凄惨な光景を、聴覚を埋める悲痛な絶叫を。
歌音の答えは決まっていた。
逸見が生み出す現実を、目を逸らすことなく受け止める。
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