「警備室を目指すなら、裏門より正門を突破した方がいい」
「なら、俺が囮で先に門を開ける。テキトーに注意を引いて動きを止めるから、その隙にお前が速攻しかけろ」
「却下。危険すぎる」

正気を欠いた状態ならば兎も角、平時の仁志の実力はあくまで喧嘩レベルだ。鍛錬を積んだ玄人を相手に、無傷で済むとは思えない。

「はぁ? この期に及んでなに言ってんだ、てめぇ」

検討もせず打ち捨てられて、仁志は眦を吊り上げた。多少の怪我は覚悟の上だろうと詰め寄られ、光は首を横に振る。

「違う、囮なら俺がやるって言ってるんだ」
「お前が?」
「仁志じゃ相手の警戒心を煽るだけだろ。相手を油断させるには、気弱で非力な優等生の方がいい」
「……それ、間違っても自分のことじゃねぇよな」
「別人を演じるのは、苦手じゃないんだ」

呆れ顔に向かって、にやりと口角を持ち上げる。

光の携帯電話が再びその身を震わせたのは、次のときだ。

その場にいる全員の視線が集まり、光もすぐさまディスプレイを確認する。表示された名前は意外なものだった。

「はい」
『よかった……。電話に出られるってことは、お前まだ外にいるんだな』
「城下町です。新生徒会役員は全員揃っています」
『あぁ、他のヤツらと一緒か。悪い、お前が無事かどうしても気になってな』

保険医の武 文也こと木崎 武文は、安堵の滲む声音で謝罪を口にした。

穂積を始めとする現役員には、自分と木崎の正体を打ち明けているものの、鴨原と神戸の二人には話していない。普段通りに喋るわけにはいかず、光は他人行儀な口調で応じた。

「いえ、問題ありません。それで、そちらの状況は? こうして連絡が来たということは、無事なんですね」

自分に身を守る術を叩き込んだのは木崎だ。彼ほどの実力者に心配は無用と分かっていても、どうしても聞かずにはいられなかった。

光の胸中を察したのか、木崎は宥めるように言う。

『誰の心配をしてるんですかね、千影くんは。俺がそう簡単にやられるわけがないだろう』
「……うん、そうだな」
『とはいえ、他の連中は捕まったはずだ。救助チームが遅れているようだし、お前たちはそのまま戻って来ない方がいい』
「え?」

与えられた情報の不穏さに、思わず耳を疑った。

先ほど聞いた説明によると、非常事態の発生と同時に宮園総合セキュリティへ通報が入り、救助チームが出動するはず。遅れているとはどういうことか。

「緊急メールが届いてから、もう結構な時間が経っていますよね? もしかして、まだ動いていないんですか?」
『新しいプログラムの不具合で、システムが上手く働かなかったらしい。俺からの連絡が初報みたいだな』
「……」
『おい、光?』

木崎の呼びかけが鼓膜を揺らす。だが、俄かには信じられない事実を聞かされて、光の頭は混乱状態にあった。

新プログラムの不具合? 木崎の連絡が初報? ふざけてもらっては困る。

こうしている間にも、生徒たちに被害が出るかもしれない。取り返しのつかない悲劇が起こるかもしれない。そしてそれは、生徒会長としてすべての矢面に立つであろう「彼」に降りかかる可能性が、最も高いのだ。

一刻も早い解決が望まれる状況で、安全と信頼を商品にする企業の信じがたい失態に愕然とした。

腹の底が熱を持ち、ふつふつと昂ぶる想いが込み上げる。燃え滾る心臓から、煮えた血液が全身に送られる。僅かに残っていた理性が一瞬で蒸発した。

「……武、先生」
『あ、あぁ。なんだ』
「もちろん、協力してくれますよね」
『は?』

光の突飛な発言に、木崎が面食らったのが分かる。受話口の向こうで眉を寄せているに違いない。

「どうした、なにかあったのか?」

違和感に気付いた仁志に腕を引かれる。抗うことなく振り返れば、彼はぎょっと目を剥き手を離した。

その肩越しに同じく頬を強張らせて固まる神戸と鴨原を捉えながら、光は繰り返した。先ほどよりも、はっきりとした意思――怒りを感じさせる声で。

「協力、してくれますよね?」




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