反撃開始。




綾瀬との通話を終えると同時に、強い力で肩を引かれた。振り返れば、切迫した表情の仁志がこちらを見下ろしている。

その薄い唇が疑問符を口にする前に、光は車の上に投げ出されたラップトップへ駆け寄った。ディスプレイに映るのは、碌鳴学院の校内見取り図だ。

「おい、光! 今のってまさか……!」
「行けるかもしれない」
「は?」

意図せず零れたセリフに、仁志が眉根を寄せる。一体なんだと訝る相手を視線で呼び寄せて、光は画面を指差しながら説明した。

「侵入者の数は十五人、正門と裏門を固めているのは一人ずつで、警備室と管理事務所にそれぞれ二人。会長を含めた生徒たちは体育館に集められていて、そこには五人がいるらしい」
「なっ! やっぱり、今の電話――」
「重要なのは、校内探索をしているのが四人しかいないって点だ」

追及の言葉を遮り続けると、その言い回しが関心を引いたのか仁志の表情が変わった。答えを得ずとも明らかな事実確認を中断し、神妙な面持ちで先を促す。

「どういう意味だ」
「警戒すべきは、そいつらだけだってこと」

綾瀬の情報を信じるなら、十五名いる侵入者の内、十一名は一つのところに留まり見張りをしている。校内の探索と哨戒を行っているのは四名のみで、防犯カメラが使えない現在、彼らの目を掻い潜ることは不可能ではないだろう。

「なるほどな。そいつらの注意が校舎内に向いている隙に、中へ忍び込むのか」

光の言わんとするところを察し、仁志の視線が鋭さを増す。

「けど、それだけじゃ意味ねぇだろ。どうせなら警備室を解放して、救助チームが到着したときに連携が取れる状態にしておくべきだ」
「まぁ、そうなるよな。あんまり武器を持っている相手と戦いたくないんだけど、二人くらいなら俺と仁志でどうにかなる――」
「ちょっ、ちょっと待てよ! 長谷川も、仁志様も!」

ラップトップを覗き込みながら相談する二人に、悲鳴とも呼ぶべき声が待ったをかけた。

余裕を取り戻したはずの神戸が、再びその愛らしい顔を青褪めさせている。大きな猫目は戸惑いに揺れ、こちらの正気を問うているようだ。

「大人しくしていれば、宮園の救出チームが動くんですよ!? それなのに、なんで無茶な真似をしようとしてるんだ!」
「神戸先輩の言う通りです。心配なのは分かりますが、お二人が動いたことで事態が悪化しないとも限りません。プロに任せるのが最善です」

神戸に比べれば幾分冷静な口ぶりではあるものの、鴨原の厳しい眼差しには無謀な先輩に対する非難が込められている。

「仁志会長は兎も角、長谷川先輩までどうされたんです。冷静になってください」

この場において最年少の鴨原に淡々と諌められ、光は苦笑を零した。

彼らの言い分は正しい。非常時に備えた対応策が用意されているのなら、勝手な行動は慎むべきだ。規則に従いセーフハウスで事態の収拾を待つのが最善だろう。

分かっている。分かっているのに。


――そこには穂積も捕まっているんだ


綾瀬のセリフが蘇る。

正直、冗談かと思った。あの男が誰かに囚われ、その身の自由を奪われているなど信じられなかった。何者にも屈しない圧倒的な実力を感じたからこそ、光は彼を「魔王」と呼んだのだ。穂積が捕まるわけがない。きっとなにかの間違いだ、と。

そう否定する一方で、理解してしまった。

穂積が世界的大企業の御曹司である以上、害意の標的となるのは避けられない。この手の危険はこれまでも、そしてこれからも付き纏い続ける。彼の肩書が放つ輝きは、あらゆるものを惹きつけるのだと分かってしまった。

「あぁ、二人の言う通りだ。俺たちは余計なことはせず、事が済むのを待っていればいい」
「だったら……!」
「けどごめん。なんか俺、仁志のこと言えないみたいだ」

光は観念したように打ち明けた。

碌鳴学院が占拠されたと聞いてから、心に生じたいくつもの感情。驚愕、焦燥、不安、怒り。生徒たちの安否が気がかりで、宮園総合セキュリティから救助チームが派遣されると知っても、波立った心は少しも落ち着かずにいた。

追い打ちをかけたのは、綾瀬からの電話だ。彼の一言を耳にしたことで――穂積を取り巻く現実を理解したことで、いよいよ光の理性は弾けてしまった。

碌鳴学院を守りたい。生徒会役員に選出された者として、在籍するすべての生徒を守りたい。そしてなにより、穂積 真昼を守りたいと強く想う。

「大事なものに手を出されたら、黙ってなんかいられない」
「長谷川先輩……」

目を瞠る鴨原にもう一度だけ苦笑して、光は仁志へと向き直った。




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