SIDE:穂積

二人組の男たちに連れられ体育館に入ると、館内にはすでに多くの生徒たちが囚われていた。彼らは穂積の登場に顔を上げ、縋るような視線を向けて来る。

いくら訓練を受けているといっても、所詮は十代の子ども。銃を持った男たちに囲まれて、不安を覚えないはずがない。

注がれる期待に応えるように、穂積は小さく顎を引き頷いて見せると、背筋をまっすぐに伸ばしたまま先導する男の後について舞台に上がった。

体育館の舞台は引き出し式だ。大講堂があるために使用頻度は低く、通常は授業の邪魔にならないようにしまわれている。このため緞帳や舞台照明などは設置されておらず、遮蔽物となるものがなにもない。フロアの生徒たちを監視する物見台には最適だろう。そしてそれは、穂積にとっても同様だった。

壇上から確認できる侵入者の数は三人。出入口の前に一人と、生徒たちを威圧するように左右に一人ずつ配されている。共にステージへ上がった二人を含め、全員が拳銃を所持しており、身のこなしや纏う雰囲気は玄人のそれだ。

とりわけ穂積の警戒心を刺激するのは、碌鳴館に押し入った侵入者の片割れ――未だ一度も口を開いていない方の男である。

碌鳴館に現れたときも、体育館に到着してからも、指示を出すのは校内放送を行ったリーダー格の男だけ。言葉もなく命令に従う様は、明らかに「雑兵」なのだが、不思議と防衛本能に触れて来る。

もっとも警戒しなくてはならないのは、高圧的な態度のリーダーではなく、こいつなのではと思わされる。もし、自分が撃たれることがあるならば、その銃を構えているのは彼に違いない、と。

穂積は傍らに立つその男を窺い見て、息を呑んだ。

「っ……!」

遭遇したのは、気圧されるほどに鋭い視線である。いつからこちらを観察していたのか、男の両眼は穂積が状況確認を済ませたことに気付いていた。

下手な真似はするなと脅すように、背中に銃口が押し付けられる。放送室でやられたときは、リーダーの男に失笑するだけの余裕があったというのに、今回は違う。ぞくりっ、と。冷たいものが背筋を駆け上った。

「さて、ようやく準備が整ったようだ」

リーダーの男の言葉に、背後の気配が退いて行く。それに内心だけで安堵の息を吐き出しながら、穂積はくいと口角を持ち上げた。

「……やっと本題か、待ちかねたな」

寸前までの動揺など微塵も感じさせない表情で、やれやれとばかりに肩を竦めて見せる。恐怖心とは縁遠い態度に、リーダーのみならず館内の侵入者たちがぎょっと狼狽えるのが分かった。

「それでは、お前たちの要求を聞こう」

主導権を握らせてはならない。幼少期から叩き込まれた教えだ。

すべての交渉事は、主導権の獲得によって決定する。どれほど周到に下準備を行っていても、言葉選びや立ち居振る舞いを間違えイニシアチブを取られてしまえば意味がない。今回のケースもそうだ。

穂積はここまで、侵入者たちにとって協力的な人質でいた。要求を告げるよう促し、抵抗もなく従い続けた。

しかし見方を変えれば、侵入者たちは穂積の与える「許可」によって要求を口にし、穂積の与える「了承」によって目的を遂げたとも言える。本来ならば必要としない、人質の「承認」を得ているのだ。

いつの間にか出来上がった「与える者」と「与えられる者」という構図は、絶対服従を強いられるべき人質の立場を引き上げる。穂積の卓越した容姿と、溢れ出す支配者然としたオーラもそれを後押しした。

相手が武力を有している以上、主導権の掌握は困難だ。だが、パワーバランスを対等に近づけることは不可能ではなかった。

とはいえ、相手も愚かではない。

悠然と微笑む穂積に怯んだのは一瞬で、すぐに態勢を整える。

「人質が交渉相手になれると思うな。要求はお前らの親に聞いてもらう」
「……だろうな」
「余計なことはせず、自分の命に少しでも高い値がつくよう祈っていることだ」

人質の分を弁えろ。威嚇のセリフによって、揺らぎかけた上下関係を正すつもりだろう。

男は手袋に包まれた片手を差し出すと、低い声音で「出せ」と命じた。

「生憎、ケータイは所持していない。碌鳴館の床で壊れている」
「なるほど、対策済みか。なら別のものを使うだけだ」

そう言って、男はフロアに立つ仲間に目配せをした。階段を駆け上って来た相手が持つのは、大量の携帯電話が入った袋だ。生徒たちのものを回収したのだと、瞬時に悟る。その中の一台を無造作に掴むと、リーダーの男は落ちていた電源を入れた。液晶に光りが灯る。

「予備はいくらでもある」

嘲るような口調には、自らの優位性を知らしめる意味があったに違いない。

けれど穂積は知っていた。それがいかに無意味なことであるかを。

携帯電話に視線を戻した男は、なにかに気付いたのか。訝しげな様子で再び袋に手を伸ばし、新たな一台を取り出した。電源を入れて、点灯したディスプレイに舌打ちをする。

三台目の起動を待つ横顔に、穂積は「ある事実」を告げた。

「一つ、教えておこう」
「なんだ……」
「現在、本学には外部との連絡手段が存在しない。携帯電話も、固定電話も、パソコンも、あらゆる通信機器の機能が停止している」

穂積が押した非常事態ボタンは、学内に備えられた様々な対侵入者用システムを起動させる。

外部との通信断絶もその一つ。緊急時には学内各所の通信機器が使用できなくなり、個人所有の携帯端末も学内全域に渡るジャミングによって「圏外」となる。

生徒会役員の携帯を始めとする一部の端末は、通信衛星を利用しているため通話可能だが、それを説明してやる義理があるはずもない。

碌鳴学院の内側で発生したイレギュラーな事態を、外の世界に知られるわけにはいかないのだ。

「まさか」と呟く男は、果たして目だし帽の下でどんな表情をしているのか。動揺と焦燥の滲む声を聞けば、答えは容易く導き出せる。

穂積は精緻に整った面に笑みを浮かべると、傲然と言い放った。

「どうした、交渉相手が待っているぞ?」
「っ!」

紛れもない挑発行為に、対面の瞳がカッと見開かれる。

拳銃を持つ手が勢いよく振り上げられ――容赦のない痛みと衝撃が訪れる瞬間まで、穂積は怒りに満ちた双眸を見つめ続けた。




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