仁志と光の関係は、自分と穂積のそれと同じだろう。互いを認め合い、信頼し合い、支え合う。唯一無二の相棒とも呼べる存在だと知っている。だからこそ、光ならば仁志を止めることも、協力することも出来るはず。

提供した情報を仁志に伝えるのか、黙っているのか。決定権は光にある。

『綾瀬先輩って、意外と意地が悪かったんですね』
「イヤだな、信頼しているんだよ」

口にした言葉に嘘はない。光の冷静な判断能力に、愛する男の安全を委ねたのだから。

「あぁ、もう時間みたいだ。この先、僕からの連絡もなくなるから、そのつもりでね」
『え?』
「招かれざる客が来たみたい」

大講堂の入口を映し出すカメラ映像には、黒装束の男が一人映っている。

綾瀬は手早くキーを入力して、学内でただ一つ稼働していた防犯カメラのシステムを凍結した。制御盤下のスイッチを押すと、壁からカモフラージュの書類棚が現れる。機材が隠れてしまえば、ソファセットがあるだけの控室だ。

「いいかい、長谷川くん。無茶をするかどうかは分からないけれど、くれぐれも慎重に。僕の一番の願いは、キミたちが無事でいることだと忘れないで」
『わかりました、お約束します』
「うん、いい返事だ。それじゃあ、また後でね」

後輩の頼もしい言葉に微笑みながら、綾瀬は通話を終わらせた。そのまま電源を落として、本棚の裏に滑り込ませる。

「あ、これ借りよう」

コーヒーテーブルの上に放置してあったのは、仁志が仮眠時に使っているアイマスクと耳栓だ。朝礼のとき、自分の出番がないとソファに寝転んでいる彼の姿を思い出す。

モニタールームの扉が開かれたのは、綾瀬が寝たふりをしてすぐだった。

どんっとソファに走った振動に、寝起きを装いつつ身を起こす。緩慢な動きでアイマスクを持ち上げれば、予想通り、銃を構えた男がこちらを見下ろしていた。

「――」
「え? あ、なに」

慌てた素振りで耳栓を外す。

「ここでなにをしている。校内放送を聞かなかったのか」
「なにって、仮眠、です」
「……来い、無駄な抵抗はするなよ」

演技を続けていられたのは、そこまで。突きつけられた銃口に、こくりと喉が動く。震えそうな足で立ち上がり、命じられるまま扉へと向かった。

先ほどの校内放送を聞く限り、彼らは統率された組織と考えられる。明確な目的をもって今回の学院占拠を企てたのなら、無駄な暴力行為は行わないはず。

そう、頭では分かっているのに。本能的な恐怖を制御し切れるほど、綾瀬の心は鈍くなかった。

「待て」

徐に発せられた指示に、動きを止める。なにごとかと振り返れば、男は訝しげな様子で室内を見回している。その口から零れたのは、低い呟きだった。

「見取り図に比べて、部屋が狭い……」

綾瀬は息を呑んだ。彼の恐怖の原因は、男が持つ拳銃だけではない。もし、ここでしていたことが発覚すればどうなるか。自分だけでなく、碌鳴学院に在籍するすべての人間の安全が脅かされてしまう。

男はじっと書類棚を観察すると、一冊のファイルに指をかけた。「ハッ」と小馬鹿にしたように笑いながら、こちらに向き直る。

「今年度のファイルの中で、これだけが一昨年のものだ。おかしいよな?」
「紛れ込んだのかな、気付かなかった」
「そう、フツーは気付かずに見逃すな。危うく素通りするところだったぞ」

言いながら、男はファイルを引き抜いた。

途端、音もなくカモフラージュの書類棚が動き出す。奥から現れたのは、壁一面を占める巨大なモニターと操作盤だ。暗転したばかりの画面に、再び光りが灯る。

「どこの防犯システムも動かないから、おかしいと思ったが……ここはまだ、生きているようだ」

男は管理者パスワードの入力画面を指差すと、愉悦の滲む声音で言った。

「寝起きのところ悪いが、協力してもらおうか」




- 793 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -