SIDE:綾瀬

「やぁ、長谷川くん! 突然、ごめんね」
『無事ですか? 怪我はしていませんか? 今、どういう状況ですか? なんで仁志じゃなく俺に――』
「うんうん。訊きたいことは山ほどあると思うけど、あまり時間が残されていないから要点だけ伝えるね」

ヘッドセットの向こうから矢継ぎ早に繰り出される疑問符を、綾瀬は平時と同じ軽やかな調子で容赦なく切り捨てた。

碌鳴館の隠し扉は、秘密の地下通路に繋がっていた。碌鳴学院の構造は、一見とてもシンプルだ。正門から続く並木道の先に本校舎があり、東西それぞれの棟が並んでいる。生徒寮を始めとする各施設への道筋も単純で、防犯の観点から考えると無防備と言う外ない。

しかしそれは地上の話。碌鳴学院の地下には、学内各所へ通じる秘密の通路が張り巡らされている。綾瀬はその地下通路を使って、大講堂のモニタールームに駆け込んだのだ。

『な、なにを言っているんですか!』
「聞いて、長谷川くん。今のところ僕は無事だけれど、十分後にはどうなっているか分からない。だから、これから僕が言うことをしっかり記憶して」
『っ……分かりました』

冷静になれと諌めれば、電話の相手は一呼吸分の間をおいてから、力強い返事を寄越した。それに安堵すると共に、誇らしい気持ちになる。

大勢の人間を従え率いる生徒会長を支えるには、冷静な判断能力が必要不可欠。どんな状況でも優先順位を見極め、意識の切り替えが出来る人間でなければ、副会長は務まらない。綾瀬の意を汲み取って、瞬時に対応を変えた光に、状況も忘れて笑みが浮かびかけた。

「現在、碌鳴学院は武装集団『暁の陽炎』の支配下にある。生徒及び教職員は体育館に集められていて、そこには穂積も捕まっているんだ」
『会長も……』
「敵の人数は十五名を確認してる。正門と裏門に一人ずつ、体育館に五人、管理事務所と警備室にそれぞれ二人、構内探索に四人ってところだね。全員、黒い目だし帽に黒っぽい服装で、小火器……拳銃? を所持しているから気を付けて」

手元のコンソールを操作して、モニターに映るいくつものカメラ映像から情報を精査して行く。

「管理事務所と警備室のスタッフは、その場で拘束されているから、解放するなら警備室を先にした方がいい。この情報は宮園総合セキュリティの方にも連絡してあるから、出来れば彼らと連携を取ることを考えておいて」
『状況は分かりました。けど、どうしてそんな詳細に? それになぜ俺に連絡を』

光の疑問はもっともだ。新生徒会役員になったとはいえ、彼が碌鳴学院にやって来て一年にも満たない転校生であることに変わりはない。

犯人側に利用されるのを防ぐため、非常時には通常の防犯システムが凍結すること。代わりに、イベント時に使用する大講堂のモニタールームが起動すること。生徒会役員を含めた一部のスタッフのみが、それを使用できること。光の知らないことは、まだまだ沢山ある。

かいつまんで説明すると、相手は呆気にとられたように沈黙した。

「通常業務の引き継ぎが落ち着いたら話す予定だったんだけど」

非常事態というやつは、こちらの予定などお構いなしだ。

『じゃあ、俺に連絡をしてきたのも訓練通りですか? まるで俺たちが、その、救援チームとは別に動き出すような口ぶりでしたけど……』

困惑の滲む問いかけは、実に鋭い。

本来、綾瀬が校内の状況を報告する相手は、宮園総合セキュリティだけ。一刻を争うときに、わざわざ光へ連絡をしたのは、ある一つの懸念があったからだ。

そしてその懸念は、杞憂に終わらないだろう。

「訓練通りに動くタイプなら、よかったんだけどね」

自分の想い人もまた、こちらの気持ちなどお構いなしなのだ。

耳に届いたため息に、光が苦笑する画が浮かび上がる。

『……苦労しますね』
「お互いさまだよ。なんのために『彼』じゃなくキミに電話したと思う?」




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