「だから、後のことは救援チームに任せましょう。きっと無事に解決しますから」
「そうそう。不安なのは俺も同じだけど、深刻に考え過ぎるのは良くないと思うぞ」

鴨原の後に続いたのは、意外にも神戸だった。僅かな時間で気持ちを立て直したのか、励ますような笑みを浮かべている。何ごとにも過剰に反応する彼にしては、珍しい。

光の胸中をくみ取ったのか、神戸は僅かに顔を顰めた。

「定期的に訓練があるんだよ。フツーの学校でもあるだろ、防災訓練。それの一種だ」
「フツーの学校は、武装集団に占拠なんてされないけどな」

地震や火事を想定した避難訓練はあっても、対テロ訓練はないはずだ。

「良家の子息が集うだけはある」と納得した光は、視界に入った友人の姿に首を傾げた。

「お前さっきからなにやってるんだ」

仁志は車のボンネットに腰を下ろして、自分のラップトップを操作していた。ディスプレイを見つめる横顔は、落ち着いているというには妙な気迫に満ちている。

振り返ってみれば、最初に状況を説明して以降、彼は口を閉ざしたまま。生徒会長に就任して多少の改善が見られたとはいえ、彼もまた激しい気性の持ち主だ。この非常事態に大人しくしているのは、違和感があった。

「仁志様、俺たちは訓練通りセーフハウスに向かいましょう。ここにいても、意味ないし」
「先に行け、俺はやることがある」
「え? でも」
「いいから、行け」
「っ!」

厳しい声音での命令に、神戸がビクリッと身を竦ませる。切れ長の双眸に宿った意思の鋭さに、その場の空気が一気に冷えた。

「いきなりどうされたんですか、仁志会長。緊急事態で戸惑うのは分かりますが――」
「ま、待て、ヒサ! これ、もしかしたら」
「はい?」

慌てて鴨原を制止すると、神戸は確認を取るように光へ視線を寄越した。瞬間、光も「まさか」とある可能性に思い至る。

「仁志、もう一回聞くけどさ。あの、今なにやってるんだ」
「校内の警備システムに繋いでる」
「それは、なんで」
「防犯カメラの映像が生きてるかもしれねぇからな。状況が分からないと、手が打てねぇだろ」
「……」
「綾瀬先輩に手ぇ出したら、マジで殺す」

殺意のこもった低い呟きに、光と神戸は同時に確信した。嫌な予感ほど外れないらしい。

「あの、なんなんですか」

一人、ついて来れていない鴨原に、光は嘆息を挟んで教えてやる。

「下手に止めない方がいい――仁志が、キレた」

改めて考えれば、当然の展開だ。綾瀬が危険に晒されて、この恋人至上主義の男が正気でいられるわけがない。怒りに任せて学院に乗り込まなかっただけ、マシな方だろう。

「完全にぶち切れたわけではないみたいだけど……無理に止めたら暴走するかもな」

とはいえ、このまま仁志の好きにさせていたらどうなるか。救援チームを待たずに動き出すのは確実に思えた。

「くそっ! ダメだ、やっぱり非常時用の防犯システムしか生きてねぇ。外部からのアクセスは無理だ」
「少し落ち着け、仁志。敵の狙いは分からないけど、生徒を人質にするなら簡単に傷つけるような真似はしないはずだ。綾瀬先輩だって」
「っるせぇ!」

焦燥をぶちまけるような怒声が、アスファルトを叩く。苛立たしげに金髪をかき回していた手が振り上げられ、黒塗りのボンネットに浅い窪みを生んだ。

予想外のセリフに思考回路が止まるのは、次のとき。

「…………悪い、光」
「え?」

今、彼はなんと言ったのか。謝罪を口にしたのではないか。

怒りに囚われたが最後、強制的に意識を奪わない限り止まらない。それほどまでに、仁志の本気の怒りは激しく暴力的だったはず。

けれど今、彼は自らの激情を理性で抑制してみせた。失いかけた正気を、自力で呼び戻したのだ。

呆気にとられて硬直していた少年は、手の中の携帯電話が振動したことで我に返った。

反射的にディスプレイを確認して、表示された名前に目を瞠る。

「え……なんで」

手の中に並んだ文字が示すのは、仁志の恋人――綾瀬 滸だった。




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