仁志の口から語られたのは、耳を疑うようなものだった。正体不明の侵入者に碌鳴学院が占拠された。そんな突拍子もない話を、どうして信じられるだろう。たちの悪い冗談にしか思えない。息の詰まるような重苦しい沈黙さえなければ、笑い飛ばしていたはずだ。

狼狽える心を宥めるべく、光は密かに深呼吸を繰り返した。

「……とにかく、警察に通報しよう」
「いや、それはダメだ」
「どうして!」

この状況で選ぶべき当然の選択を却下され、意識的に呼び寄せた冷静は呆気なく崩れ去った。

対する仁志は、顔つきこそ常になく厳しいものの、落ち着いた様子でいる。光の疑問に答える声も平板だ。

「うちの特性を忘れたか? こんな重大事件が外部に漏れてみろ、マスコミが食いつかないわけがねぇ」
「碌鳴生がスキャンダルを怖れているのは分かってる。けど、これは学内で片付けられる問題じゃないだろ。人命に係わるかもしれないんだぞ!」
「現状、敵の正体や目的が見えていないんだ。警察を動かすわけにはいかねぇんだよ」

碌鳴学院の生徒がもっとも恐れること。それは約束された未来が壊れることだ。

なにが致命傷となり失脚へ繋がるか分からない彼らにとって、不安要素の排除は必須。今回の事件は、その最たるものと言える。侵入者の目的によっては、自らの家名に甚大な瑕を負いかねない。

碌鳴学院という特殊な箱庭の中でならもみ消せても、外部にこの一件が流れてしまえばどうなるか。卒業後に待つ玉座が美しければ美しいほど、生徒たちは外部への情報流出に怯えていた。

「ならどうするんだ。まさか、事態が片付くのを待つつもりじゃないよな」

生徒会長の淡々とした説明に焦燥を煽られ、光の語調が強くなる。それに首を振ったのは鴨原だった。

「心配には及びません、長谷川先輩。緊急メールが配信されたということは、すでに宮園総合セキュリティにも連絡がいっているはずです。すぐに救援チームが対処しますよ」
「あぁ、碌鳴と契約している警備会社だっけ。けど、相手は銃を持っているんだろ? 民間の警備会社が対応できるレベルの事案じゃない」

第一、敵はその宮園総合セキュリティが提供する警備システムを破って、学内へ侵入したのだ。安心など出来るわけがなかった。

だが、光の反論はあっさりと打ち破られた。

「いえ、出来ます」
「え?」
「ただの一般企業じゃないんですよ、あそこは」

宮園総合セキュリティは、国内トップクラスの警備サービス会社だ。建物の管理や情報セキュリティのコンサルティング業務をはじめ、一般家庭を対象とした防犯システムの提供に身辺警護など、幅広く事業を展開をしている。

しかし、それはあくまで表の顔。裏では一部の顧客を相手に、国内外での破壊工作や諜報活動を請け負っているという。

「今回のような事案には、専門の救援チームが編成されて派遣されることになっています。ただし、武装した相手を制圧できるような『救援チーム』ですが」

含みを持たせた言い方に、光は息を呑んだ。

日本の法律では、民間人の銃の所持は認められていない。警備会社のスタッフにおいても例外ではなく、一般的な警備員の装備品は警棒やライオットシールドに留まる。けれど、宮園総合セキュリティに、公には出来ない裏の顔があるというのなら。武器を所持した敵に対抗できる兵力があるというのなら。つまりは、そういうことだ。

「……まるで傭兵組織みたいだな」
「知っているのは、碌鳴の中でも一部の人間だけです。世間的には、長谷川先輩の言う通り、ただの『民間の警備会社』です」

なんとか言葉を吐き出せば、鴨原は苦笑と共に頷いてみせた。




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