慌てて車を降りようとすると、五十鈴が首を振ってそれを留めた。『窓だけ開けていただければ』と言われ、甘えることにする。

「祥がご迷惑をおかけしてごめんなさいね、光さん」
「いや、こっちこそ仁志が引っ掻き回したみたいで」
「気が多い祥が原因ですわ、お気になさらないで」

呆れたような物言いには諦観が窺える。新村の恋愛スタイルは、鳳桜生徒会内でも問題視されているのだろう。

「久しぶりに光くんに会えて嬉しかったです。薫子様も顔を出すはずだったんですけど、お仕事の予定が合わなかったみたいで……」

そう言って眉尻を下げた小鳥に、光は一瞬だけ動きを止めた。

期間中、篠森が碌鳴生徒会の前に現れることはなかった。新生徒会同士の交流が目的なので、言及する者はなかったが、光は違う。臆病過ぎる自分に失望したからこそ、彼女は姿を見せないのだと気付いていた。

「小鳥ちゃん、悪いんだけど篠森会長に伝言を頼めるかな」
「構いませんよ。なんとお伝えすればいいですか」

二日目の夜、篠森と光の間でなにがあったのか知らされていないのだろう。小鳥は笑顔で了承する。

光は小さく息を吸い込むと、強い意思を宿した瞳を少女に据えた。

「逃げません、と」
「え?」
「それだけ伝えてもらえるかな。きっと篠森会長には、伝わるから」
「……分かりました。必ず、お伝えします」

真剣な声音になにかを察したのか、小鳥は深く頷いた。穏やかに微笑まれ、励まされているような心地になる。

神戸にもらった勇気は、光に覚悟を決めさせた。恋心を明かせなくとも、言える言葉は必ずある。口にすることを許された感情すべてで、穂積の気持ちに報いるつもりだった。

「おい、そろそろ出るぞ!」

そう言って、仁志が隣の座席に乗り込んで来た。新村とやり合って精神が摩耗したのか、どこかげっそりとして見える。ワイシャツが再び肌蹴かけていたが、突っ込まない方がいいだろう。

小鳥と五十鈴が窓から離れ、にこやかな笑みと共に手を振ってくれる。それに会釈を返しているうちに、送迎車は走り出した。神戸と鴨原の乗るもう一台が後に続く。

鳳桜学院の姿はあっという間に山の木々に阻まれ見えなくなり、黒塗りのセンチュリーはささやかな走行音を奏でながら帰路を進む。

「ったく、あいつと会うとロクなことにならねぇ」
「とかなんとか言って、嫌いじゃないくせに」
「あぁ?」

仁志が本気で新村を疎ましく思っているなら、律儀に相手をするはずがないのだ。不愉快そうに凄む仁志に「なんでも」と返して、光は窓の外の景色に視線を逃がした。言ったところで、否定されるのは目に見えている。

鳳桜学院から碌鳴学院まで、高速道路を使って約二時間の距離だ。予定では昼過ぎに到着する。光と仁志は雑談を挟みつつ、仕事の書類に目を通して車内での時を過ごした。

二人の携帯電話が一通のメールを受信したのは、碌鳴学院の麓に広がる通称・城下町に着いた頃だった。

「光もか?」
「うん。仕事関係の一斉送信かもしれないな」

交友関係の広い仁志は兎も角、光にメールを寄越す人間は限られる。着信を告げたのは調査用ではなく学校用のものなので、現生徒会からの業務メールの可能性が高い。

二人揃ってディスプレイに目を落とした――瞬間、仁志の鋭い声が運転席に飛んだ。

「止めろ!」
「えっ……あ、はい。畏まりました」

突然の要請にも運転手はすぐに対応した。幸い、交通量の少ない広い道だったおかげで、すぐに路肩に停車する。

「お、おい。どうしたんだよ、いきなり」

いったいなにがあったというのか。戸惑いながら問えば、仁志は緊迫した表情で光の携帯電話を指差した。無言の指示に従い、受信ボックスを開いただけの画面を操作する。

表示されたのは、碌鳴学院からのメール。馴染みのない件名を、つい口に出す。

「緊急警報……レッド? なんだこれ」
「学院で非常事態が起きたとき、生徒のケータイに一斉送信されるメールだ。降りるぞ」

余分な言葉を挟まず説明すると、仁志はさっさと外に出てしまう。慌てて追いかければ、こちらと同じく停車した後続車から、残りの二人が駆け寄って来た。

「仁志様! レッドって、これマジで……」
「落ち着け。おそらく訓練じゃねぇはずだ」
「そんなっ」

目に見えて狼狽える神戸を固い声音で宥めて、仁志は鋭い視線を手の中の携帯電話に注ぐ。着信が入ると同時に、通話ボタンを押した。まるで連絡が来るのを知っていたかのようだ。

「はい、仁志ですっ……はい、確認したところです」

いつになく真面目な友人の横顔に不穏な気配を感じて、光はそっと鴨原に問いかけた。

「なぁ、このレッドってなんなんだ? 本文にはなにも書かれてなかったけど」
「え! あ、あぁ、そうでした。長谷川先輩は転校されて来たんですよね」
「非常事態の通知なんだよな? レッドっていうのはどういう意味なんだ」
「それは――」

鴨原の回答が光の耳に届くことはなかった。通話を終えた仁志が口を開く。

「今、会長から報告を受けた――碌鳴学院が、占拠された」




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