他校ということで、いつになくきちんと着込まれていた制服が、派手に乱れている。間もなく冬本番という時期にも関わらず、ワイシャツのボタンはすべて外れていて、鍛えられた胸板が露わになっている。解けたネクタイと共に裾がはためき、辛うじて金具の止まっているベルトが耳障りな音を立てた。

「お前、女子校でその格好はあり得ないだろ」
「その女子校の生徒にやられたんだよ!」
「は?」

走って来た勢いそのままに怒鳴られ、言葉を失くす。

閉会式が終わり、碌鳴館で両校の生徒会による挨拶も済んだあと、光たちは迎賓館へ荷物を取りに戻った。そうして集合場所である正門へとやって来たのだが、仁志だけが遅れていたのだ。出発時刻まで間があったため催促の連絡は躊躇われて、大人しく待っていたのだが。

一体彼の身に何があったというのだろう。

肩で息をする男に問いかけようとしたとき、校舎から小走りで近づいて来る少女たちの姿に気が付いた。

「お待ちになってぇ、秋吉様ぁー」
「お帰りになるには、早過ぎですよー!」

見覚えのない顔に小首を傾げる光の横で、仁志が盛大な舌打ちをする。そうして光の手首を掴むと、二台ある送迎車の一方へ力任せに引っ張った。

「夏輝と鴨原もとっとと乗れ! 逃げるぞ!」
「お、おい、なんだっていうんだよ。せっかく鳳桜の生徒会が見送りに来てくれてるのに、失礼だろう」

慌ただしいにもほどがある。碌鳴の新生徒会として初めての学外行事だというのに、最後の最後がこれでは問題だ。生徒会長として、きちんと対応をするべきである。

光は後部座席に押し込む手に抗いながら、非難の籠った瞳で相手を睨み上げた。

だが肝心の仁志は、光ではなく走って来る少女たちの方ばかり気にしている。警戒心に溢れた顔だ。

「光くん、どうかわたしたちのことはお気になさらず。仁志さんがいらっしゃるときは、恒例のことですから」
「え、どういう――」
「おい、バカ仁志! お前またわたしのハニーたちに手ぇ出したな!」

小鳥への問いかけは、新村の怒声によってかき消された。

「ちげぇって言ってんだろ! 毎回毎回、襲いかかって来るのは向こうの方だ!」
「誘いに乗るお前が悪いんだろう! いくらハニーたちが可愛いからって、人のものに手を出すなよ!」
「拉致られたんだよ! 集団で来られて俺にどうしろってんだ!」
「はっ! そんなに自分がモテるって言いたいのかよ。いいか、ハニーたちの本命はわたしであって、お前はつまみ食いだってこと忘れるなよ!」
「言ってねぇし、つまみ食いすらされたくねぇんだよ、こっちは!」

必死で言い返すものの、仁志の言葉は憤りに支配された新村に届いている様子もない。

二人の言い合いに、追いついた少女たちが色めきだった。

「祥様が怒っていらっしゃるわ! 嫉妬してくださったのね!」
「なに言ってるの、祥様が妬いているのはわたしのために決まってるじゃない」
「勘違いも甚だしいわよ、あなたたち! ねぇ、祥様ぁ、わたしが一番ですよねぇ」

我先にと肩をぶつけ合いながら、新村へと押し寄せる。常人ならばその鬼気迫る勢いに慄くだろう。しかし、当の新村は嬉しそうに頬を緩めると、仁志の胸ぐらを掴む手をパッと離して、少女たちへと向き直った。

「いけない子たちだね。わざわざ試すようなことをしなくても、わたしの心がどこにあるかなんて知っているはずだよ」

甘い音色で紡がれる甘ったるい言葉に、光は唖然となった。解放された仁志も、うんざりとした顔で開いたままのドアに肘を突いて立っている。新村が邪魔で扉が閉められないのだ。お蔭で、外の騒がしいやり取りは車内にまで流れ込んでくる。

「でも、祥様ったら最近ぜんぜん私を呼んでくださらないじゃないですか」
「祥様はみんなのものって分かってますけど、やっぱり寂しくて……」
「バカだね、なにをいじけているんだ。この金髪馬鹿に手を出したって、キミたちの寂しさは埋まらないよ」

両腕に少女たちを抱き込み、髪や頬を撫でながら説き伏せる新村は、この数日の内でもっとも輝いている。周囲に薔薇の花びらが舞っていても、不思議ではない。

「つまり?」
「ダシにされたんだよ、こいつらに」

薄々勘づきながらも問えば、仁志は苦虫を噛み潰したような顔になる。

新村の取り巻きである少女たちは、仁志を使って彼女の注意を引こうとするらしい。鳳桜学院に来るたびに襲われるのだと、乱れた衣服を整えながら教えてくれた。

「このこと、綾瀬先輩には言うなよ」
「気にしないと思うけど」
「だからだよ!」

言わせんな! と吠える友人に同情する。

普通は恋人に手を出されたら、多少なりとも取り乱すもの。しかし相手が綾瀬となると話は変わる。笑顔で「災難だったね」と言われた日には、鋼のハートも砕け散るだろう。

仁志は気持ちを立て直すように大きく息を吐き出すと、新村たちを蹴散らしにかかった。俄かにうるさくなった車外を意識から追い出して、光はシートに深く身を沈める。

ウィンドウをノックされたのは、次のときだ。

窓ガラスの向こうにいるのは、小鳥と五十鈴である。新村たちの騒ぎを避けて、回り込んで来たらしい。




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