嵐のように去りぬ。




翌日の朝、大講堂で執り行われた閉会式をもって、交流会は幕を下ろした。

黒塗りの送迎車が待つ正門で、見送りに来た少女たちの肩越しに校舎を眺める。蘇るのは、三日という短い時間の間に起こったとは思えないほど、濃厚な出来事ばかり。強烈な個性を放つ鳳桜学院生徒会との出会い、半強制的に行われた光のイメージチェンジ、夏輝と小鳥の意外な関係。なにもかもが印象深い。

「それじゃあ、夏輝くん。また冬の休暇のときに」
「うん……。お前、生徒会長になったからって、あんまり無理するなよ。寒くなると、決まって風邪引くんだから」

顰められた表情とは反対に、神戸の口から出たのは相手を気遣う言葉だ。嬉しそうに頬を緩める小鳥に、光はほっと胸を撫で下ろした。

昨日の一件から、二人の関係は目に見えて変化した。といっても、神戸が一方的に小鳥を拒絶していただけのこと。彼が態度を改めれば、自然と二人の距離は縮まった。神戸の不器用な想いを、小鳥は穏やかに受け止めている。

あたたかな気持ちで見守っていると、不意に肩へ長い腕が回された。強い力で背後に身体を引かれ、「またか」と胸中で嘆息を零す。この数日のうちに何度も繰り返されれば、嫌でも慣れる。今さら、急に肩を引かれたくらいで驚きはしない。耳元で奏でられた音色は、予想通り新村の声だった。

「碌鳴の新副会長は魔法使いかなにかか?」
「どういう意味だよ」

平然と問い返せば、相手は前方の神戸たちを目線で示した。「あれだよ」と無言のままに告げられる。

「少し話をしただけだ。特別なことはなにもしてない」
「ふーん? いったいどんな話をしたんだか」
「やけに気にするな」

新村は意味ありげに口端を持ち上げる。だが、やや垂れ気味の双眸には真剣な光が宿っていた。神戸たちに気付かれないよう、さらに数歩分の距離を取ると、声量を抑えて語り出した。

小鳥の家は代々多くの書人を輩出する旧家で、中でも祖父である三葉 明真は書壇の重鎮だという。対する神戸は近年になって成功したIT関連企業の社長令息で、小鳥の家柄とは大きく異なる。そんな両家で許嫁の話が浮上したのは、神戸の父親が企業メセナの一環で行った書の展覧会で、小鳥の父親と意気投合したためらしい。

「自分たちの子どもが男女だったら結婚させよう、みたいな感じだったらしいよ」
「それ許嫁っていうのか?」

光の口から呆れたような声が出る。許嫁というからには、家同士の利益を重視して、慎重に取り交わされた政略結婚の約定だと思っていたのに。どう考えても、友人同士の語らいの中で出た冗談だ。

新村も否定することなく苦笑を零す。

「まぁ、フツーなら流れる話だよ。けど、当人たちが乗り気になったらどうだ」

家族ぐるみで付き合ううちに、神戸と小鳥はその「冗談」を了承するほど仲を深めた。いつしか大人たちが交わした悪ふざけの口約束は、本当の婚約話へと姿を変えたのだ。

「中学に上がったくらいかな。夏輝が急によそよそしくなった。小鳥との家格の違いを意識し始めたんだ」

由緒ある旧家の令嬢と、時代が時代なら「成金」と呼ばれていただろう自分の家。家格の違いは明らかだ。さらにはいつまで経っても伸びない身長と、理性よりも感情が勝る幼い性格がコンプレックスとなり、神戸の劣等感は肥大して行った。

「で、思春期大爆発。昨日のようなことが度々あったわけ」
「……なんで、そんなに詳しいんだ」

詳らかに語られる二人の事情に、思わず訝しげな表情になる。それに事もなげに返されたのは、意外なセリフだった。

「一度、わたしと夏輝の間で政略結婚の話が出たからだよ」
「え?」
「うちも不動産関係で成功した成金だからな。もちろん、上手く行かなくてすぐに消えた話だけど」

ちょうど神戸と小鳥の関係がぎこちなくなった頃らしい。二人が許嫁であったのは、当人同士に気持ちがあったからこそ。そこに亀裂が入れば、婚約話は「冗談」に戻ってしまう。

「個人的には時代錯誤な許嫁なんて勘弁して欲しいけど、同じ鳳桜に三葉家の子がいるって知ったら気になっちゃってね」

根掘り葉掘り聞いた結果、思春期特有のすれ違いだと知り、新村は二人を応援するようになったのだと教えてくれた。

「あんなに頑なだった夏輝を変えたんだ。光は魔法使いで間違いない」
「そんなすごいものじゃないって。どうせ、いつかはこうなっていただろ」

神戸が自分のコンプレックスを乗り越えて、再び小鳥と向き合うときが。

「……そうだな」

新村はしばし目を瞬かせると、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。応じた声には、二人を見守る優しい感情が滲んでいる。

そんな穏やかな空気を台無しにしたのは、焦燥に駆られた友人の叫びだった。

「光! か、帰るぞ!」
「あぁ、遅かった――ってなんだ、その格好!」

呼びかけに振り返った光は、飛び込んで来た光景にぎょっとした。近くで小鳥の可愛らしい悲鳴が上がる。

校舎の方から全速力で駆けて来た仁志は、見るも無残な姿をしていた。




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