神戸の飾らない心は、美点と称するに足る長所。

光を相手に嫉妬心を募らせる必要はどこにもなかった。

「お前はかっこいいよ、神戸」

瞠られたままの猫目を見据えて、光は柔らかく微笑んだ。

神戸はしばらく動かずにいたが、やがて大きく息を吐き出すと勢いよく地面から立ち上がった。

ズボンについた汚れを払いつつ、小さく呟く。

「……長谷川って、けっこう恥ずかしいヤツだったんだな」
「おい」
「でも、ありがとう」

はっきりと聞こえたお礼に、抗議のセリフが喉につかえる。

居住まいを正して光へ向き直った神戸の表情は、憑き物が落ちたようにすっきりとしている。

晴れ晴れとした笑顔を見せて、彼は言った。

「俺、小鳥のところに行って来る。で、言うべきことを言うよ」

そのままくるりと背を向けると、まっすぐに鳳桜館への道を走り出した。

迷いなく駆けて行く姿を見送った光は、ふっと苦笑を漏らした。

「俺も鳳桜館に行くんだけど」

これから両校の生徒会で、各部活動を見学する予定だ。

鳳桜館では他の役員たちが、自分たちの到着を待ち構えているはず。

返事も聞かずに走り出した様子から察するに、おそらく神戸の頭は小鳥のことでいっぱいに違いない。

夢中で押し開けた扉の先に、婚約者以外の姿を見つけて慌てふためく未来が目に浮かぶ。

フォローのためにも早く鳳桜館へ向かおう。

爆走していった神戸の後を追って、光は煉瓦道を歩き出した。

「逃げてどうする、か」

ぽつりと唇から零れ落ちたのは、先ほど口にしたばかりの言葉だ。

神戸を諭すために言ったものの、それは光自身にも当てはまる。

穂積の告白を曖昧な態度で拒絶し傷つけた上に、今まで与えられて来た彼の優しさに、何一つ報いることなく逃げ出したのだ。

嘘を貫き通す覚悟もなく、真実を打ち明ける勇気も持たない臆病な自分が腹立たしい。

与えられることに慣れ切り、相手を慮りもせず我儘な振る舞いをしていた厚顔さに虫唾が走る。


――確かに、今のお前ではあいつの隣に立てないな。――相応しくない


昨夜、篠森に浴びせられた言葉が蘇る。

自分ばかりを憐れむ卑怯な人間が、どうして穂積に相応しいだろう。

「でも……」

千影は言ったばかりだ。

欠点ばかりに目を奪われるべきではない、と。

自分自身に絶望して、このまま逃げ続けたところで何になる。

穂積を傷つけたことは怖ろしいが、傷つけたままでいることの方がもっと怖ろしい。

恋した人を苦しめ続けて、正気でいられるわけがないのだ。

千影は絶対に穂積の恋心を受け入れないし、自らの恋心を明かしはしない。

それでも、言うべき言葉はあるはずだ。

言葉を尽くして伝えるべき、本当の気持ちがあるはずだ。

千影は逃げずに向き合わなければいけない。

穂積の目を見て、心からの想いを渡すのだ。

言えない言葉はたったの一つ。


――あなたが好きです


ただ、それだけなのだから。

光は背筋を伸ばすと、力強い足取りで鳳桜館への道を急いだ。




- 784 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -