小さな背中。




「つ、疲れた……」

疲労困憊という言葉を体現したかのような風情で、光は授業体験の感想を口にした。

五十鈴たちの手によって新たな変装姿を手に入れた光は、女子生徒たちの熱烈な歓迎を受けることになった。

休憩時間のたびに借り受けた席を取り囲まれ、授業中ですら少女たちの関心は注がれた。

仁志と約束していた昼食は、押し切られる形で彼女たちととることになり、誰が光の隣に座るかで訪れた食堂は騒ぎになった。

女性の相手は苦手ではないが、大人数を相手に器用に振舞えるほどには慣れていない。

「仕事があるから」と鳳桜館へ戻った新村が、再び教室に現れる放課後まで、光は孤軍奮闘を余儀なくされたのだ。

解放感から深く息を吐くと、傍らを歩く新村がニヤリと笑った。

「なに贅沢なことを言ってんだよ。本当はハーレム状態で嬉しかったくせに」
「……あぁ、うん、新村ならそうだろうな」

同学年ということもあり、すっかり敬語はとれている。

受け流すように応じれば、彼女は訝しげに眉を寄せた。

「反感を買うよりよっぽどいいじゃないか。狙い通りだろう」
「うん、それについては本当に助かった。けど、ここまで騒がれるとは思わなかった」
「は? お前まさか無自覚なのかよ」

ぎょっと目を瞠られて、苦笑と共に否を告げる。

容姿が武器となるのは、上流階級でも調査員でも同じこと。

自分の外見が武器と呼ぶに足るものと、光は十二分に承知している。

今回が例外なだけで、過去の潜入調査ではそれを活用してもいたのだ。

だから、ある程度の反応は予想できていた。

予想外なのは、友好的過ぎるという点。

篠森たちが碌鳴学院へやって来た際、光は当時副会長だった小鳥が数名の生徒に囲まれている現場に遭遇した。

彼らは碌鳴にいる小鳥の婚約者の取り巻きで、彼女を敵視していた。

それだけでなく、碌鳴学院の生徒には「女性」を目の敵にする輩も少なくないという。

学院内でのみ許される同性同士の恋に溺れる者ほど、現実と別れの象徴となる「女性」を憎むのだと聞いた。

鳳桜学院における「男性」は、碌鳴学院でいう「女性」と同じはず。

しかしながら、碌鳴学院と同じ性質を持つはずの鳳桜学院に、異性を拒む気配は感じられなかった。

いくら外見を取り繕っても、所詮は後ろ盾のない一般庶民。

鳳桜の生徒たちに少しでも異性への敵意があるならば、光はもっとも攻撃のしやすい相手だ。

開会式から放課後の現在まで、敵意の片鱗すら感じることがないのは意外だった。

「つまり、同性愛が蔓延してないっていいたいのか?」

光の疑問に新村はあっさりと言った。

何の躊躇もない明け透けな物言いに、思わずたじろぐ。

それをどう捉えたのか、彼女はふっと鼻で笑った。

「お前の言う通り、鳳桜と碌鳴はよくも悪くも似てるよ。うちだって女同士で付き合っている子は大勢いる」
「俺、今のところ歓迎しかされてないけど」
「それは運が良かっただけ。男が入って来ることを嫌がる生徒が、いないわけじゃないよ」

確かに碌鳴生徒会に熱狂する同級生たちの前で、わざわざ水を差すような発言をする者はいないだろう。

一日中、女子生徒たちに囲まれていた光に、反感を抱く者が攻撃をしかけられるわけもない。

「とは言っても、ほとんどの子は敵意なんて持ってない。みんな冷静に楽しんでるよ」
「楽しんでる?」

どういう意味かと小首を傾げれば、新村は悪戯っぽく瞳を眇めた。

「女の方が男よりも現実的って話」

鳳桜学院の生徒たちは、同性同士の付き合いと男性との接触を分けて考えている。

異性の存在に現実や別れを想起して厭うのではなく、将来的に必要な関係性を構築しようと計算できる。

それだけでなく、異性を一種の娯楽として楽しむことも出来るのだ。

「恋人と恋愛をしながら、いい男を見てはしゃぐんだよ。気が多いわけでも薄情なわけでもない、別の話なんだ」

碌鳴の生徒は異性に別離を見出し、鳳桜の生徒は非日常的な娯楽と捉える。

説明を受けても、光の表情は訝しげなまま。

いまひとつ理解ができなくて、困惑が深まった気がする。

眉宇を寄せて考え込むと、新村がからかうような笑い声を立てた。




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