実力行使で逃走することも考えていただけに、新村が折れてくれて助かった。

興味本位であるのは間違いないが、彼女たちの言動には光を案じる気持ちも含まれていた。

手荒な真似をせずに済んでよかったと、安堵の息だ。

「けどな、一つだけ勘違いしているぞ」
「え?」
「さっきえみりが言ったよな――ここは治外法権だって」

耳元の囁きに不穏な気配を感じたときには遅かった。

カシャンッという金属音と共に冷たい感触を覚え、恐る恐る視線を下げる。

光の目に飛び込んで来たのは、手錠によって椅子の肘掛と繋がれた自分の手首だった。

「え? は? ええええええええ!!!???」
「ふははははは! 油断したな黒もじゃ!!」
「お見事ですわ、祥!」
「だ、だだだだって、今! 悪かったって!!」
「私たちの支配領域で、お前の意思が通るわけないだろう! 甘い、甘すぎるよ黒もじゃ!」

五十鈴の歓声に煽られたのか、新村は悪役さながらの哄笑を上げる。

鏡台の上に用意された櫛と霧吹きを構えて、逃げ場を失った光の頭を強い眼差しで見据えた。

「だいたいなんだ、その頭は! クセ毛か寝癖か知らないが、もう少し努力の痕跡を見せろ! 諦めるな!」
「待て、本当に待て! 待ってください頼むから!」
「えぇい、くどい! 大人しくしてれば悪いようには……って、なんだこの感触」

しとどに濡れた髪に触れた新村は、ぴたりと動きを止める。

同時に、光の顔からサァッと血の気が引いた。

光が着用する鬘は木崎が厳選したものだ。

見た目はもちろん、手触りも人髪に近い。

だが、鏡越しに見る新村の表情は、訝しげに顰められている。

確かめるように幾度も指先を動かされ、光の脳内に警鐘が響き渡った。

潜入調査においてもっとも危惧されるのは、正体の露見。

ターゲットを筆頭に、潜入先の誰にも素顔を見られてはならない。

調査の失敗に繋がる恐れがあるだけでなく、いつ誰が次の事件に関わるか分からないからだ。

穂積や仁志、現生徒会メンバーに明かしたのも、本来ならば許されない例外。

当然、相手に気付かれるなど言語道断。

「お前、もしかして――」

新村の声が、遥か彼方から聞こえる気がした。

「なにをやっているんですか、新村先輩!」

部屋の扉が勢いよく開かれたのは、死神の鎌が振り下ろされる直前だった。

突然の闖入者に、室内にいた全員の視線が一斉に向かう。

光の救世主となった少女は、赤いセルフレームの内側に並ぶ瞳を釣り上げて怒鳴った。

「なかなか大講堂に来ないと思ったら、こんなところにいたなんて……先輩方! ご自分がなにをしているか分かっているんですか!?」
「あ、朱莉……?」

鳳桜生徒会の書記にして唯一の一年生である川神 朱莉は、戸惑う新村にビシリと人差し指を突きつけた。

「今すぐその手を放してください、新村先輩! 王道変装転校生の鬘を外していいのは、俺様生徒会長か敵対するチームの総長、百歩譲って中盤から登場するミステリアス美人だけです!!」




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