つまりここは、五十鈴の支度部屋なのだ。

数多の衣装や化粧品は、彼女の美を磨く道具なのだろう。

けれど今、この部屋は本来の目的以外のことに使われようとしている。

お世辞にも見栄えがするとは言えない「長谷川 光」を、改造するために使われようとしているのだ。

少女たちの勢いに圧倒されている場合ではない。

すぐにでもこの窮状を脱しなければ。

怯みかけた心を奮い立たせて、光は席を立とうとした。

「結構です、遠慮します、お気持ちだけで十分です!」
「あらあら、そんなことを仰らないで。わたくしが光さんにしてさしあげたいの。身勝手な女のワガママに、少しだけ付き合ってくださいな」

軽やかに先手を打たれて絶句する。

本人の言う通り、すべては五十鈴の我儘だ。

光にとっては迷惑でしかなく、親切の押し売りにすらなっていない。

それを自己申告されて、何を言い返せるだろう。

自身の非を認めた上でなおも押し通そうとする相手に、どう立ち向かえばいいのか。

五十鈴の思わぬ計算高さに呆然としていると、新村が同情的な苦笑を浮かべて背後に立った。

「えみりは狙った獲物を逃がさないからな。気の毒と思わないでもないけど、大人しく諦めた方がいいよ」
「だけど俺は――」
「お前だって今の格好のままでいいとは思ってないだろ? 生徒たちの反感もあるんじゃないか」
「……」

言い返しようのない正論だ。

確かに副会長就任以降、光は自分の容姿について悩んで来た。

日々の忙しさにかまけて後回しにしていたけれど、いい加減に手を打たなければならないと分かっている。

しかしそれは、上司にあたる木崎と相談をして決めることで、五十鈴や新村に面白半分で変更されるべきではない。

女性を相手に強気に出るのは心持ちが悪いが、今は自己防衛を優先すべきだ。

「確かに俺の外見は改善しなければならないものです。ですが、今ここでお二人にお任せすることではありません」
「では光さんは、そのお姿で開会式に出るおつもりですの? 鳳桜の生徒は碌鳴よりも辛辣なところがありますわよ」
「構いません。例えどんな反応を示されたとしても、自分で選んだ以上甘んじて受けます」
「見目が及ぼす影響を軽視し過ぎなのではないかしら。光さんにとって初めての学外評価ですのに」
「五十鈴……えみりさんの言う通り、賢明な判断ではないと思います。ですが、碌鳴以外の評価はこれからの働きでいくらでも取り返して行ける。急を要するものではありません。イメチェンは碌鳴に戻ってから、自分でやりますよ」

慇懃な口調で交わされる舌戦は、互いが浮かべる微笑みに反して極寒の冷気を醸し出している。

一歩も退かぬ構えで見つめ合っていると、新村が大きく息を吐き出した。

「えみり、やっぱり強引過ぎたって。黒もじゃには黒もじゃの考えがあるんだよ」
「祥!」
「悪かったな、黒もじゃ。無理やりここまで連れて来て」

宥めるように肩を叩かれて、光は胸を撫で下ろす。




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