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辿りついたのは、小さな白亜の洋館だ。
蔓バラの絡む鉄柵で囲われた建物は、華麗な雰囲気の鳳桜学院の中でも一際目立っている。
新村の案内で門扉を潜り、モザイクタイルの敷かれた玄関ポーチを抜けて中に入る。
エントランスロビーは吹き抜けになっていた。
降り注ぐ朝日が天井にはめ込まれたステンドグラスを照らし、大理石の床に美しい色彩を映し出している。
呆気に取られていると、回廊の二階部分から鈴を転がすような声が届いた。
「お待ちしておりましたわ、光さん! ようこそいらっしゃいました」
「五十鈴さん……」
「もう、えみりとお呼びになってとお願いしたのに」
拗ねた口調で言いながらも、五十鈴の表情は晴れやかだ。
新村同様、楽しそうに頬を緩めて正面の階段を下りてくる。
「えみり、準備は?」
「すべて整っていますわ。光さん、こちらにいらしてくださいな」
「あの、一体なにがあるんですか。というか、ここは」
「説明はあと。時間がないって言っただろ」
ぐいぐいと背中を押され、左手に伸びる廊下に並んだ一室に押し込まれる。
混乱しつつも室内を見回して、光はようやく新村たちの思惑に気が付いた。
真鍮製のハンガーラックにかかった何着もの服、大きな鏡台と細かな装飾のあしらわれた姿見、サイドボードに並んだ無数の化粧品やウィッグ。
室内を埋め尽くすものを前に、思わず後退りをする。
だが、逃げ出そうにも扉の前には笑顔の新村が立ち塞がっていた。
「あ、の……ここはもしかして」
「会長領の生徒会保有の施設ですわ。生徒たちには、サロンと呼ばれています」
「いえ、そうじゃなくて……この部屋は……」
「碌鳴学院にも会長領はありますでしょう? ここもそう。薫子様が建てたのを小鳥さんが引き継いで、今は現新両生徒会のプライベートな場として利用していますの」
ゆっくりと近づいてくる五十鈴に、光は頬を引きつらせる。
浮かべる微笑みは妖精のように美しいのに、獲物を前にした肉食獣に似た気迫を纏っているのだ。
「鳳桜館も生徒会専用の施設ですけれど、あちらは学院が保有していますし、公のものです。でも、ここは完全に個人の空間。ある種の治外法権」
鏡台の前まで追い詰められ、そっと肩を押されて椅子に座らされる。
青い瞳と鏡越しに視線がぶつかって、情けなくも悲鳴を上げかけた。
「つまり、泣いても叫んでも助けは来ないのですわ。光さん」
昨日の顔合わせで、五十鈴は光の素顔が整っていることに気が付いた。
本来の魅力を著しく損なう今の姿は、もったいない。
否、持って生まれた美しさを偽るのは罪である。
「わたくし、美しいものが好きですの。可能性を摘み取ることも、才能を出し惜しみすることも、わたくしには美しいとは思えません」
恐怖と混乱で凍りつく光に白いケープをかけながら、五十鈴は続けた。
「ですから、光さんをわたくしのプライベートルームにお招きしたのですわ」
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