交流会開会式の三時間前、光は憂鬱な気持ちで身支度を整えていた。

まるで鉛を飲み込んだかのように胸が重く、緩慢な動きでネクタイを締める。

鬘をセットするために覗き込んだ洗面台の鏡には、顔色を失くした無表情の自分が映っている。

これではいくら変装で顔を隠しても、何かがあったと気付かれてしまうだろう。

勘が鋭い仁志ならば、一目で光の心理状態を見破るに違いない。

自分は碌鳴学院の新副会長として、仕事で鳳桜学院に来ているのだ。

余計な心配をかけてはいけないと、頬を叩いて気合を入れようと試みる。

だが、絶望に沈む心は少しも浮上してくれなかった。

昨夜、篠森と別れた後のことを、千影はなにも覚えていない。

どうやって部屋に戻ったのか、いつ眠りについたのか。

闇色に染まった自意識は、一切の現実を千影に伝えてはくれなかった。

気が付いたときには、カーテンの隙間から朝日が漏れ入り、夜が明けていたのだ。

これまで一度として、穂積の想いに報いていない事実。

与えられることに慣れ切り、彼に何かを返すなど考えもせずにいた。
篠森の詰問によって自覚したのは、驕り高ぶった醜悪な自分だった。

「相応しくない、か……」

鏡の中の少年に向かって嘲るように呟くと、胸の中心がギシリと音を立てた気がした。

部屋の呼び鈴が鳴ったのは、ちょうど洗面室を出たときである。

備え付けの置時計を確認して、首を捻る。

まだ部屋を出るには早すぎる時間だ。

急ぎの用だろうかと考えつつ、鍵を外してドアノブを捻った。

「どうした、こんな早くに……って、新村副会長?」
「よぉ、黒もじゃ。今日も朝から鬱陶しい格好してるな」

鳳桜生徒会の副会長は、にこやかに失礼な挨拶を寄越した。

きっちりと着こなした制服は、昨日と同じくパンツスタイルだ。

垂れ気味の甘い双眸に楽しげな色を乗せて、彼女は光の全身を見回している。

「おはようございます。あの、なにかありましたか」
「ふーん、なるほどなぁ。流石、えみりってことか」
「新村副会長」
「え? あぁ、悪い。ちょっと確認していただけだよ。支度は済んでるみたいだな」

悪びれなく言ってのけると、新村は光の肩にがしっと腕を回してきた。

女性の細腕とは思えぬ強引な力に、光の脚は勝手に前へ出てしまう。

「いきなりなんですか!?」
「ちょっと付き合ってほしいところがあるんだよ。朝から悪いけど、時間がないからさっさと行くよ」
「どこに!?」
「サロン」

聞き慣れない単語に戸惑う間に、新村は光を連れて外へと出てしまう。

詳しい事情を明かされないまま、女性に強制連行されたのは二回目だ。

碌鳴祭で篠森に捕まったことを思い出し、鳳桜生徒会では拉致が流行っているのかと疑ってしまう。

今回もまた腕を振り払うことが出来ず、光は諦めの境地で新村について行った。




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