蒼天に躍る。
SIDE:穂積
どうして走っているのか。
理由は分からなかった。
ただ、走らなければいけない気がしていて。
我に返ったときにはすでに大講堂さえも通り過ぎて、本校舎の一階。
非常口から外に出ていた。
穂積は生まれて初めて、あそこまで強烈な批判を浴びた。
食堂でのことだ。
醤油瓶を投げつけられたのも初めてだが、きっぱりと自分のことを『傲慢』であると言い放ったのは、彼が初めてである。
長谷川 光。
学生食堂の生徒会専用席に、仁志に連れられて来たらしい少年。
ボサボサの頭と冴えない黒縁眼鏡は、爽やかさが売りの碌鳴の制服を冒涜しているかのようで。
直前にかかって来た不愉快な電話と合わさり、穂積の怒りの発散処になった。
しかしどうだ。
侮蔑の台詞を放り投げ、グラスの水を浴びせてやった。
その結果。
『傲慢だ!』
きっぱりと。
碌鳴学院において歓迎されない外見で。
特に家柄の力も持たない、凡人が。
この小社会で絶対的な支配者である自分に、人目も憚らず堂々と糾弾して来たのだ。
声だけは耳に滑らかな長谷川の言葉は、穂積の怒りを増幅させるどころか、興味を引き出してしまった。
生徒会の雑務や本家からの小言に辟易していた時期。
無様な容姿をして現れた新しい風で遊ばない手はない。
一風変わったゲーム。
その程度の感覚で光をサバイバルゲームの〔ゲスト〕に指定してやった。
どう言う風の吹き回しか、仁志はえらく光を気に入っていたので、〔ゲスト〕にしても最悪の状況に陥ることはないだろう。
補佐委員会と言う名のファンクラブの中で、もっとも過激な行動をとるのは仁志を支持する書記方の面々だ。
委員会に入れない、ただの一般生徒においても同様で、仁志と交流を持った長谷川が仁志のファンに狙われないわけがなかった。
だが群衆の凶行のエネルギー源は、裏を返せば弱点でもある。
己が敬愛する対象が傍にいれば、どれほど不満であっても光に直接的な行動は取れない。
加えて、仁志は生徒会の中で唯一サバイバルゲームの参加者であり、実力者だ。
考えなくとも彼が光を守る位置に付くことは容易に察せられる。
転校生に降りかかるであろう危険度を冷静に分析した結果、穂積はあの少年を〔ゲスト〕としてゲームに巻き込むことを決定した。
万が一に何かが起こったとして、どうせ怪我がせいぜいだろうと。
自分に噛み付いた光を、少し脅かしてやるつもりで。
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