臆病風に吹かれて。




SIDE:穂積

雲一つない空から降り注ぐ朝日に、穂積は寝不足の眼を幾度か瞬いた。

重い頭を小さく振って、自らに気合を入れるように背筋を伸ばして歩き出す。

登校時間にはまだ随分と早いが、生徒が出歩いていないとも限らない。

万が一にもだらしのない姿を見られてはいけないと、規則的な歩調で碌鳴館への道を進んだ。

新生徒会が発足して以降、現生徒会の仕事は着実に減ってきている。

仕事を引き継いだことで時間に余裕が生まれ、綾瀬や歌音は久しぶりに授業へ出席できたと喜んでいた。

穂積もまた、生徒会長としての役目から解放されつつあり、深夜まで碌鳴館に居残ることはなくなった。

それにも関わらず寝不足なのは、穂積に課された仕事が学外にもあるからだ。

穂積は世界的なグループ企業であるHOZUMIの後継者だ。

卒業後は本格的に実務に携わる予定で、覚えることやこなすべき仕事は山とある。

挨拶周りを兼ねた催しなどの外交も控えており、以前よりも時間にゆとりがなくなっていた。

だが、穂積を本当に疲弊させている理由は他にあった。

驚愕に瞠られた眼鏡の奥の双眸。

掌の下で震えた薄桃色の唇、凍りついたように動きを止めた華奢な身体。

自らが引起したこととはいえ、言葉を失くした光の姿が脳裏に焼き付いて離れない。

――傷つけた

無言で語られたその一言が、胸に突き刺さったままでいる。

千影の心が誰を見ているのか、漠然と理解していた。

「好きだ」と告げて返されたのが、力いっぱい抱きつく腕と泣きじゃくる声なのだから、察しない方が難しい。

全身で求められて、どうして分からないままでいられよう。

だからといって、確信があるわけではなかった。

何しろ穂積は、千影に「好き」と言われたことがないのだ。

代わりに投げつけられるのは「勘違い」だの「自信過剰」だの可愛くないセリフばかり。

本音を押し殺して拒絶を繰り返す態度はもどかしく、時に苛立たしくもあった。

千影が素直にならないのは、何がしかの事情があるからだ。

彼にはまだ自分の知らない秘密があって、それが本音の表出を妨げているに違いない。

様々な仮説を立てては、つれない態度の理由を見つけようと試みた。

けれどどうしても拭いきれない、不安。

彼が言った通り、すべては勘違いなのではないか。

一方的に願望を押し付けて、彼を困らせているのではないか。

千影は自分のことなど、好きではないのではないか。


――俺が会長のこと? 好きなわけな――


最後まで聞けるわけがなかった。

穂積の不安を的確に突いたそれを、千影の口から聞けるわけがなかった。

千影はどれほど驚いただろう。

ずっと余裕を取り繕って、平静を装っていたくせに、あっさりと理性を捨てて感情を剥き出しにしてしまったのだ。

彼から言葉を奪ったことを、何度後悔したか知れない。




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