穂積の告白に対する返事ならば、すでに態度で示している。

恋情を殺しきれないせいで納得こそされていないが、光の拒絶は彼への答えと言えるだろう。

けれど篠森は「なにか一つでも」とつけた。

光には穂積へ「返す」べきものが、他にもあるということだ。

戸惑いを感じ取ったのか、相手の瞳が鋭さを増す。

「お前、今まで真昼からなにを受取った。わたしが見ただけでも、あいつはお前に多くの配慮をしていた。呆れるほど大事にしていた。その気持ちに、お前は報いたのか」

自分の息を呑む音が、はっきりと聞こえた。

ダムが決壊するかのごとく、頭の中で記憶が氾濫する。

梅雨には珍しい蒼天の下で、穂積は光を叱り飛ばした。

日差しがさし込む弓道場で、穂積は光の背中を押した。

線香花火が瞬く夏の公園で、穂積は光の怯えを消した。

運び込まれた夜の保健室で、穂積は光に誓いを捧げた。

秋風が紅葉を揺らす裏庭で、穂積は光を認めてくれた。

天を暗雲が覆った林の中で、穂積は千影の名前を呼んだ。

もらって、もらって、もらって。

穂積に与えられた記憶が、怒涛のように蘇る。

身に危険が迫ったとき、苦しみに耐えきれなくなったとき、変化に気付かずにいたとき、穂積はいつだって手を差し伸べてくれた。

千影の傍に、在り続けてくれた。

ならば千影はなにを彼に返しただろう。

迷惑をかけ、憤りを感じさせ、挙句の果てには傷つけている。

ただ、自分のためだけに。

胸の奥深い場所から湧き出でる衝動に、千影は唇を震わせる。

全身に広がる絶望感に、目の前が暗く塗り潰される。

穂積を信頼していた。

感謝もしていたし、恋心だって抱いていた。

けれど篠森に突きつけられるまで、千影は享受しているだけの現実に気付いていなかった。

いつの間にか、穂積から与えられる状況に慣れてしまっていたのだ。

自意識に沈んだ千影の耳に、落胆のため息が届く。

傍らの篠森が席を立つのを、気配だけで感じた。

「わたしにとって真昼はただの腐れ縁だ。だが、大事な幼馴染でもある」

冷やかな口調で紡がれる言葉が、遠く、近く聞こえる。

「確かに、今のお前ではあいつの隣に立てないな。――相応しくない」

果たして誰が言ったのか。

千影には自分自身が言っているように聞こえた。




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