「すみません、勘違いをしていました」
「まったくだ。許してやるから、真昼とどうなっているのか詳しく聞かせろ」
「え、いや、本当にどうにもなっていないんですけど」
「お前も真昼に惚れているんだろう。告白を受けて、どうにもならないはずがあるか」

訝しげに問われるが、光の返答は変わらない。

容赦のないアプローチに悩まされてはいるものの、自分たちを繋ぐ単語は「恋人」というわけではないのだ。

どう説明したものかと悩む光だったが、追及の視線を注がれては黙っていることも出来ない。

逡巡の末、ありのままを打ち明けた。

「……好きだとは、言われました。けど、俺が逃げました」
「断ったのか」
「俺じゃ、穂積会長の隣には立てませんから」
「お前は碌鳴の生徒会副会長だ。以前ならばともかく、今はあいつと同じ舞台にいるだろう。一概には言えない」

指摘は的確だった。

「碌鳴学院の生徒会役員」という役職は、凡庸な庶民を上流階級へ押し上げる力を持っている。

任期の間に自らの才覚を知らしめれば、優秀な人材を欲する家や企業から声がかかるのだ。

穂積と並ぶ立場までは行かなくとも、同じ世界に生きることは難しくない。

しかしそれも、光がスカウトを受ければの話。

誰に声をかけられようとも、光は応じることが出来なかった。

「俺には無理です。絶対に同じ世界にはいけない」

膝の上で組んだ指先を見つめながら、光は小さく吐き出した。

言えるものなら言ってしまいたい。

好きだと言ってしまいたい。

黙って背中を向けるのは、すべて自らの生きる世界がため。

決してあの男には届かない、自らの存在がためだ。

千影に出来るのは、日々募る熱情と戦うことだけだった。

「努力はしないのか」

俯く少年の頬を叩いたのは、強い言葉だった。

思いがけない一言に顔を上げると、篠森は厳しい表情をしていた。

「お前もあいつを好きなんだろう。それなのに無理だと諦めるのか? 本音も言わずに?」

糾弾の眼差しに晒され、光の鼓動がドクリと高鳴る。

篠森の怒りを目にしたのは初めてだ。

先ほどまでの余裕は跡形もなく消え去り、硬質で怜悧な気迫を纏っている。

他を圧するような強烈なプレッシャーは、穂積のそれに近い。

光は無意識のうちに背筋を伸ばして、膝の上の拳を握りしめた。

「お前、あいつになにか一つでも返したか」
「返、す……?」

暫時、言われた意味が理解できずに困惑する。




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