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「な、なんだよ」
果たしていつから見られていたのか。
二人の検分するかのような眼差しに、光は動揺を隠しきれず頬を強張らせる。
だが、続く神戸のセリフによって、動揺は困惑へと変化した。
「やっぱ眼鏡と髪型だろ! それさえどうにかすりゃ、結構いけるって!」
「は?」
「無理だって言う前に、一度試してみろよ。随分マシになると思うぞ」
明るい声音で提案され、光はようやく現状を理解した。
どうやら、仁志のことからさらに話題が移ったらしい。
薄々察しながらも、確認がてら問いかける。
「ごめん、なんの話?」
「はぁ!? 聞いてなかったのかよ! お前の外見のことだろ」
予感的中。
歓迎できないトークテーマに、光は胸中だけで盛大にため息をついた。
「お披露目会のときに穂積様が言ってただろ、今のままじゃダメだって」
「あぁ、うん」
「どうするつもりなんだよ」
「いや、うん、色々考えてはいるんだけどさ」
人が受け取る情報の多くが視覚によるものである以上、美しい容姿はそれだけで一つの武器となる。
反射的な好感を得られるだけでなく、自らの感性や思考、経済状況などをアピールする手段になるからだ。
外見の持つ力を正確に把握しているからこそ、生徒たちは努力を惜しまず、またそれを評価項目の上位に位置づける。
彼らの頂点に立つ生徒会役員に、相応の見目が要求されるのは至極当然。
光とて容姿の改善が急務であることは、重々承知しているのだ。
まとまりのない鳥の巣頭と瓶底レンズの黒縁眼鏡のままでは、役員として認められるはずがない。
対外交渉を担う副会長の職務にも差し支えるだろう。
けれど千影は「碌鳴学院の生徒である長谷川 光」であると同時に、「調査員」でもある。
下手に素顔を晒しては、今後の調査に影響が出てしまう。
木崎の許可があっても、そう簡単に変装を解くことは出来なかった。
曖昧な返答で流そうとする光だったが、神戸は尚も続けた。
「五十鈴だって言ってただろ、顔立ちは悪くないようなこと。なら、ここは思い切ってイメチェンすべきだって!」
「イメチェンなぁ」
「取りあえず、前髪! 前髪を切って目元をはっきりさせるべきだな」
「目元ねぇ」
「そうですね。今の髪型だと顔がはっきりと分かりませんし、もったいないと思います」
鴨原までが容姿の改善案を口にし始め、光は焦り始めた。
「まずはきちんと髪をセットして、前髪をサイドに流して。あとは、色を変えてもいいかもしれませんね。ベージュ系の茶髪とかどうですか」
「あー、茶髪、茶髪ね……うん」
地毛の髪色を言い当てられ、頬が引きつりそうだ。
当事者を置いてけぼりにして、新役員の二人は様々な案を出して盛り上がっている。
危険な立場にある光を思って考えてくれるのは有り難いが、今はまだ応じることが出来ない。
どうしたものかと逃げ道を探していると、不意に神戸の大きな猫目が光に向いた。
「やっぱ顔見ないと難しいな。長谷川、お前ちょっと眼鏡外して顔見せて」
「え!?」
「ですね、想像だけでは適切なアドバイスも出来ませんから。長谷川先輩、見せてください」
「は!?」
真剣な表情で言われ、心臓が飛び跳ねた。
どの程度まで変装を変えるか決まっているならばいい。
けれど、木崎と話を詰め終っていない現段階では、彼らの要求に頷けるはずがなかった。
期待すら窺える二対の瞳を前にして、光の脳は高速で動き出す。
調査員としてのスキルが自動的に発動し、沈鬱な面持ちで視線を手元に逃がした。
「顔は、ごめん」
「なんだよ、眼鏡外すだけだしいいだろ」
「その、本当に! まだ……無理」
「先輩?」
押し殺した声音で謝罪を紡げば、彼らは揃って訝しげに眉を寄せる。
それを密かに確認してから、拙い調子で言った。
「似てるんだ、顔……母親に」
二人分の息を呑む音が鼓膜に届く。
テーブルに落ちた沈黙に、光は内心でほっと息をついた。
神戸も鴨原も、生徒会役員に選ばれただけあり聡明だ。
意味深長な様子で呟いたセリフに、何がしかの事情があると察してくれたのだろう。
複雑な家庭環境を想像して、追及を諦めてくれると分かっていた。
もちろん、光は自分の顔が母親に似ているかどうかなど知らない。
嘘も方便、と心中で言い訳をして顔を上げると、対面の少年たちは予想以上の反応を返してくれた。
「あのさ、別に無理することないからな! あんまり時間はないけど、気持ちの整理がついてからやって行こう!」
「それに先輩の武器は、外見ではなく実力です。今のままでも生徒たちを納得させられるよう、私も協力します」
「あ、ありがとう……」
労わるような眼差しに包まれて、光はぎこちなく笑うしかない。
一瞬前に考えたことなど忘れ、胸裏で「ごめん!」と繰り返し土下座した。
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